色恋話(女王の化粧師)


 絶対ではない。が、女は色恋話が好きな傾向にある。
 花街は元よりそういった場所だったし、ミズウィーリの侍女たちも、だれとだれがくっついただの別れただのと、賑やかだったし、城に勤め始めてからも、女官文官魔術師兵士、どこの部署の女性陣も、大半がひそやかに色恋話に花を咲かせている。
 誰もが一度はその話題に巻き込まれる。ダイももちろん例外ではない。


 女王に施す化粧と髪結い、そして衣装の兼ね合いを相談し終え、女官たちと一服していた午後。
「ダイって、誰か好きなひとっているの?」
 女官のひとりに唐突に話を振られた。ダイは茶器から口を離して彼女たちを見た。
「好きなひとですか?」
「もちろん、友情じゃないわよ! 憧れでもないわよ! 恋愛の! 好きな人よ!」
「みなさんすきですねーそういう話題」
 この手合いの話には慣れている。常なら受け流すのだが、今日はこれで四回目だ。さてさて。
 ダイは茶を再び啜って答えた。
「いますよ」
『……えっ……』
 意外にも女官たちが動揺を見せる。つい面白さを覚えて、ダイは続けた。
「でもちょっと手の届かないひとなんですよね」
 嘘は言っていない。
 ――彼には手が届かない。
 自嘲の嗤いを押し留め、代わりにダイは沈黙する一同に明るく笑いかけた。
「なぁんて、冗談ですって」
 しかし女官たちは凍り付いたままである。あれ、と、瞬いてもう一度、声を掛ける。
「もしもし?」
 女官たちはぎこちない笑みを返して、話題を蒸し返さなかった。


 その後日である。
「ダイ」
 マリアージュの執務室への道中にアッセに声を掛けられた。妙に深刻そうな彼の顔色をダイは訝しむ。
「アッセ? どうしたんですか?」
「いや……」
 彼は周囲に軽く視線を走らせると声を潜めてダイに問うた。
「女官たちからダイが陛下に恋煩いしていると聞いたんだが本当か?」
「……は? 何がどうなってそんな話に?」
「本当か?」
「違います」
 強く断言しておいた。
 アッセが深く息を吐く。
「本当ならどうしようかと思った」
「真に受けないでくださいよそんな話」
 噂されることはある。自分の姿かたちが少年を装っているからして。
 しかしそれをアッセが信じてしまうようでは困る。
 アッセが苦笑した。
「すまなかった」
「いいえ。まったく、誰ですか。アッセにそんなこと言ったの」
 アッセは噂の出所については黙秘を貫いたが、聞き捨てならないことを白状した。
「……噂が広まる前に、ダイを幸せにしてほしいと頼まれた」
「……は?」
 一瞬、アッセの発言の意がわからずダイは真顔で訊き返した。
 アッセは渋面になっている。
 彼の苦渋の理由を理解して、ダイは頭痛を覚えた。
「変なことになっているみたいなんで、あとで心当たりには言っておきます。すみませんでした」
「いや、かまわない」
「アッセもいい迷惑ですよね。私たち、単なる友人にすぎないのに、面倒を見るようなことをそそのかされて」
 生まれの異なる自分にアッセはよくしてくれているが、それは育ちの良さや彼の生来のやさしさからくるものだ。
 周囲は何を勘違いしているのか。
「アッセもそういうとき、ちゃんと拒否しなきゃだめですよ」 
 ダイが念押しすると、アッセはどこか遠い目をして、そうだな、と肯定を返したのだった。


 
 女王と化粧師の変な噂を勝手に立ち上げるなと、女官たちはあとでこってり女王に絞られた。