努力(裏切りの帝国)


 私には、父ほどの才覚も母ほどの美貌もありません。姫さまも、大変美しく、優秀であらせられます。そのように皆言ってくださるけれど、私のことは私が一番判っています。卑屈になっているわけではないのです。ただ、現実として受け入れているだけです。私には、父ほどの才覚も、母ほどの美貌もない。
 同じものを娘の私に期待し、そして皆、落胆する。知っています。だからその欠損を、私は埋めるために努力する。
 父には、私しか子供がいません。最初、父は悩まれたようですが、私に後を継がせることにしたようでした。そのことを告げられた日から、いえ、その前から、私は努力し続ける。私にある才をたった一つ述べよといわれたら、私は地道に努力し続けることだと答えるでしょう。
 研究し、研鑽し、地道に何かを積み重ねていくことは、とても好きです。お前はきっと、文学者に向いているね。父は私を膝にのせ、頭を撫でていいました。けれどその才能は、どんな分野においてもとても大切なものなのだ、とも。
 父が身を置き、いずれ私も足を踏み入れることになる世界でも、それはもっとも重要な才覚なのだ、とも。
 父のように、この国をただ光の方向へ導いていくことは無理でしょう。けれど父が積み上げてきたものを、次の世代に、せめて瑕疵なく手渡したい。
 私は幸福な子供でした。父は父を殺したのだといいます。母は両親の顔を知らぬといいます。私には、父がいて、母がいて、二人とも私をとても愛してくれています。
 私には幼馴染がいます。私のやんちゃや勉強に付き合ってくれる人たちです。喧嘩したりすることもありますが、私が悲しいときは甘いお菓子を手に握って、私の寝台にそっと潜り込んでくれる人たちです。
 私には彼らの両親がいます。私を実の子供のように、叱ったり褒めたりしてくれる人々です。
 私の周りの大人たちは、皆、何かを失ったり、持たずに生まれてきたり、けれど苦しいことを全部押し込めて笑っている。
 私はあの人たちが苦労して手に入れたものを、全て最初から持っています。
 私はこの国が好きです。この国で生きる人々全てが、ここはよいところなのだと、胸を張って生きれる国を、父はつくりました。たくさんの人たちが笑っていきる、この国は、とてもきらきらしています。
 父はこの国が永劫に幸福であるようにと願っています。そのために幾つもの政策を道のように敷きました。私も同じように、この国が永劫に幸福であるようにと願っています。けれど私には、父のように永劫を見据えた道を敷くことは無理だろうから。そんな目を、私は持たないから。
 せめて、私の目が行き届く時までは、この国が、父が望み、そして私が望んだ姿であるように。
 そのままの姿で、次代に手渡せるように。
 私は努力、しつづけるのです。