気を付けろ(時々山椒時々砂糖)



 委員会ってだるい。
 みんな誰もが強制参加で、何かしらの委員に所属してるわけだけど、特に委員長なんて地位をずっと続けてるみちるをアタシは尊敬するね。一番ひまげなアタシのところだって、こんなにかったるくて面倒なんだからさ。
 同じ委員会の女子と机を並べて、作業してるわけだけど、アタシは一人ノートに落書きをして時間を潰しているし、他の奴らも作業なんてする気、さらさらないみたいで、教師がやってきて終了の合図を告げるまで、おしゃべりに徹するつもりみたいだ。ぴーちくぱーちく、ガールズトークなるものに花を咲かせている。
 その話にアタシはもちろん興味なかったけれど、内容は耳に飛び込んできた。
「やーんおめでとう! 初体験じゃんそれってー!」
「どんなだったどんなだった!?」
「おしえなさいよぅ! きもちよかったの!?」
 オイオイ。そんな話、関係のないアタシがいるところで、大声でするもんなのかよ。
 話の中心になってる女子はすごく真っ赤で、慌てて手を振っている。ま、真っ当な反応だよな。初々しいことで。
 ……そういやアタシ、妹尾とみちるがいつどこでそうなりはじめたのかよくしらんわ。聞きたいとも思わないけど。
 ガールズトークを耳の右から左へ受け流していたアタシだけど、ふと飛び込んだ言葉に顔をしかめた。
「あれ、でも志奈子、妹尾君としばらく付き合ってなかった?」
「う、うん……」
 うえ、この話の中心になってる女子、妹尾の野郎のモトカノかよ。
「でも私、妹尾君とは何もなかったから」
「マジでー? 志奈子結構長い間付き合ってるほうじゃなかったっけ?」
「三ヶ月。でも何にもなかったよ」
「うそぉ!」
「あ、でも聞いたことある。妹尾君ってさ、女の子に請われないと、そういうのしないって」
「マジで?」
 その問いは、思わずアタシの口から漏れたものだ。あっと思って口を押さえたがもう遅い。こいつらの視線がいっせいにアタシに集まって、皆にこりと笑った。あーアタシも話参加決定かー。
「あんまそういう欲がないみたいよね、妹尾君って」
「手つないだりするのも好きじゃないみたいよね」
「触ってきたりとかいうのもないんでしょ?」
「下手くそなの?」
「全然逆だって噂! そういう経験がある子に聞いたんだけど、めちゃめちゃ気持ちいいって!」
『へー』
「でも妹尾君はすっごく冷めてて、服もほとんど脱がないんだってー。女の子のほうが翻弄されっぱなし!」
「やーん! でも翻弄させられてみたい!」
 ……改めて聞くとすげぇ話だなぁ。
 アタシもみちるも、あんま妹尾関連の噂に興味ないもんだから、こういう話題に参加しないし。余計に目から鱗な感じ。
 でも意外すぎる。あいつが淡白? なんかアタシは想像できない。触ったり手をつないだりもしないって? 馬鹿な。あいつほど、スキンシップ大好きな男もいないだろ。みちる相手だと、触らない日はないって感じなのにさ。本当にみちるに触らないのは、人前のときぐらい。喧嘩してても触るもんな。つかみ合いで。
 面白いから、とりあえず、本人に聞いてみよう。



 んで、言ってみた。
「……っていうの聞いたぜー」
「……あー……そう」
 場所は昼飯時の屋上。今は二人で、職員室に寄っているみちるを待っている。
 先日の委員会のときにきいたガールズトークの内容を話してやると、妹尾の奴はすっげぇ複雑そうな、それでいてどこか呆れた眼差しをアタシに寄越した。
「それ、みちると?」
「うんにゃ、アタシ一人」
「……ならいいけど」
 みちるは妹尾には数え切れないモトカノがいるっていうのもよく知ってる。けれどこういう生々しい話は耳にしたことはないはずだ。自分で故意にシャットアウトしてたのか、妹尾の奴が上手く誘導して耳に入らないようにしてたのかは知らないけどな。
「でも意外だなァ。お前が淡白?」
 アタシはくく、と喉の奥を笑いに鳴らした。
「馬鹿言うなって感じだよな。お前みちるを泊めるときは気をつけろよ。今日も超絶ぐったりしてたぜみちるの奴」
 妹尾がみちるを家に泊めるのは月に一回、みちるんとこのパン屋が店長不在で閉めるときだ。同居人の今田サンもどっかいくってんで、その週末はみちる一人になる。朝はアタシら三人で遊んだりするけど、夜はアタシは帰って二人だけになる。みちるは妹尾んとこに泊まったなんて一言もいわないけど、みてりゃわかるよ。週末明け、すっげーぐったりしてるもん。なのにみょーに色っぽくて周囲の男ども、そわそわするしさ。
 朝も晩もひたすらつき合わされるんだろうな。思春期の男って怖いねぇ。
 アタシはにやりと笑って、妹尾を見た。この程度の揶揄、妹尾の奴はいつものふてぶてしい笑いを浮かべて、やり過ごすと思ってた。
 ところがだ。
「――……っ」
 妹尾は口元を引き結んで、一瞬で赤くなりやがった。
 ……ちょ、まて、なんだその反応。
「悪かったね」
 顔を真っ赤にしたまま、アタシから視線を逸らして妹尾は呻く。
「仕方ないじゃん。触りたくなるんだからさぁ」
 自分でも、納得がいかない、というような表情で。
 でもどことなく、好きな相手に触れることができる、そのことに幸せを感じている柔らかい声音で、妹尾が呻く。
 いやいやいやいやいや! アタシはそんな初々しい表情をお前に浮かべて欲しくてからかったわけじゃない! 断じて違う!
 てか、何お前そんな顔もできんの!? レアな表情をみたぜっつかうわやめろ! なんかこっちまで赤面してくっからそんな初々しい表情やめろ! お前のその顔でそんな表情されたらなんかすげーやばいんだって! 別にお前のこと好きでない、まったく好きでない女でも、いや多分男でも!
 激しく動揺するアタシの耳に、扉の音が届いた。はっとなって音源を見やる。そこには、弁当の入った紙袋を持ったみちるが立っている。
「おまたせー」
 彼女はそういって、アタシらのほうへゆっくり歩み寄ってきた。
「……どうしたの?」
 アタシらの顔を見比べて、きょとんとみちるは目を丸める。
 そしてやがて、ぷっと小さく吹き出すと、照れた表情のままの妹尾の頬を、きゅっとつまんだ。
「変な顔」
「うっさい」
 みちるの手を振り払って、妹尾が呻く。軽い言い合いを始めた妹尾は、いつもの妹尾の顔だ。
 ……改めて思うけど、みちるって、大物だな。
 あの顔、なんともないのか。
 弁当の準備が整って、いただきます、と言い合う。箸を手に取り、今日も絶品な料理を口に運びながら、アタシは妹尾とみちるを見比べた。二人とも真剣な表情で、でもどことなく楽しげに、いつもの口論。
 実際、みちるは本気大物なんだろうぜ。じゃなきゃ妹尾にあんな顔させられねぇだろ。
 あんな、女に溺れた男の顔はよ。
 みちるは周囲をかき乱す妹尾の表情をものともせずに、その頬をつまんでからかうことができる。それが、多分妹尾がみちるに溺れこんでる、理由の一つでもあるんだろうな。
 自分の思い通りに翻弄されちまう他の女は、妹尾にとっちゃひどくつまらないもんだろうし。
 だからきっと、たいした執着も見せずに女どもを切り離すことができたんだろう。
『翻弄させられてみたい!』
 そんな風に無邪気に笑っていた子らの顔を思い出す。無理だぜその程度の根性じゃ。
 やっぱ女は、男を翻弄させてこそ、だろ?