名を啼く(ゆきさらし)


 万年雪の奥深く、妖棲まう淵底に。
 清めの洞が在るという。
 
 とよが編んだ雪草鞋からは、水がじわりと染みてくる。だからとよは夜ごとに雪草鞋を編みなおす。寒風が小屋の中で渦を巻き、熾火をくすぐりからかっては、外へと逃げ出すその中で。ちまい指は藁を纏めきれず、ぼろりぼろりと端々が解け、しまいはえいやと力任せにまとめてしまう。売り物にならぬその雪草鞋で、あかぎれだらけのちいさな足をくまなくかくし、おてんとさまの顔見世まえに、とよは家の戸を開けるのだ。くすみのない藍染の空には砂金めいた煌めき。とよが歩く山中はどこもかしこも凍てついて、ましろく。とよは氷の粒がひしめく道を、藁を鳴らしながら黙って歩く。やはりとよの編んだ雪草鞋からは、水がじわりと染みてくる。

 ひかりみちるまで、とよは歩く。けがれにけがれたこの血潮、すべてを清めんそのために。

 万年雪の奥深く、清めの洞が、在るという。
 淵底に棲まうあやかしは、今日も穢れを手招いて。
 少女の名を啼くという。

 それはむかし、むかし、あやかしみちるくにの縁、あかつきの鳥の神さまと、けがれた少女の御伽話。