夜(女王の化粧師)


 夜半。月の光だけが窓の形を切り取り、廊下に落つる。敷き詰められた絨毯は足音を殺している。けだるい、精神摩耗した夜。
 自室に引き上げる途中、侍女たちの控えの間から漏れる灯りに気が付いた。揺らめく、橙色の灯り。蝋燭の芯が虫の羽音に似た音を立て、その都度、影がうねった。
 静寂満ちた部屋で、少女が机に付して眠っている。たったひとりで。誰もが、疲れている。彼女もまた。こんなところで眠っていては、風邪をひく。起こさんと伸ばした手。少女に触れる間際で止める。
 背を抱き込む形で椅子に腰かけ、少女を眺める。その笑顔を、渇望しても、もうそれは自分には許されず。硬く閉じられた瞼を縁取る長いまつげが、呼吸に合わせて上下するさまを見守った
 上着を少女の肩にかけて蝋燭を消す。彼女を起こす役割は、館の誰かに譲らなければならない。穏やかな、寝顔。少女の額に、触れる。汗で張り付いた前髪をかきあげ――泣きたい気持ちで、自らの手の甲越しに、口づけを贈った
 すべてが終わり、始まる、数日前の、満月の夜。