夫婦生活(裏切りの帝国)


「イルバ様って、寝起き悪いほうですか?」
「あぁ? 寝起き?」
 実に唐突な副官の質問に、イルバは思考を巡らせる。至った結論は、そこまで悪くはない、というものだった。
「普通に起きれるっちゃ起きれるな。昼寝は好きだが、二度寝は身体だるくなるしってか、この年になると明け方目覚めるともう眠れねぇもんなんだ」
「……お年よりですね」
「てめ喧嘩うってんのか?」
「あぁぁごめんなさいごめんなさい! でもこの年になるとって最初にいったのはイルバさうぐっごめんなさい」
 命一杯睨みつけると、副官は書類を抱きしめたまま口を噤んだ。
「んで、なんで突然寝起きの話題になるんだ?」
 副官は、答えない。
「……オイ、キリコ」
「答えなきゃだめですかぁ?」
「質問したもんの礼儀だろうがよ」
「ううう。そうですかぁ」
 ぶつぶつとなにやら独りごちた後、キリコはおずおずと口を開いた。
「実はうちの旦那と、朝いっつも戦ってるんですよ」
「いや、お前んとこが喧嘩すんのは日常茶飯事だろうが」
「いえ、そうなんですけど、アレ、すっごく寝起き悪いんですよ! 起きたときいっつも目、すわってるし。お休みの日、アタシ巻き込んですぐ二度寝しようとしますし! アタシ仕事だっていってるのに……男の人ってみんなそうなのかなぁって、ちょっと疑問に思っただけなんです!」
「……おまえら、散々喧嘩して一緒にねてんのか?」
 一緒に寝てないにしても、朝、わざわざ寝室に足を踏み入れていることに驚きだが。
「ねてますよ? それって、夫婦になったらするものなんですよね?」
「……」
 したくなければ、しなくてもいいんじゃないか、という突っ込みは控えておく。
 いや、そもそも、副官の夫はその習い性から、気を許した人間の傍以外では、ろくろく眠れないのではないだろうか。
 思わず黙りこくったこちらに、男女のあれこれに妙に疎い副官は、え、違うんですか、と不審そうだった。
「あーまぁ、そうなんじゃね?」
「ですよね」
「……まぁ、あれだな。寝る前も喧嘩して?」
「ふつうにお休みいえないのかしらぁって、いっつも思うんですよ!」
「お前は普通にお休みっつって、ねてんのか?」
「え? とりあえず陣地確保からですよ」
 なんの陣地だ。
「あ、会議の時間だ! すみませんイルバ様失礼いたします!」
 ばっと頭をさげて、眼鏡の位置を直し、あわただしく副官は書斎を出て行く。イルバは椅子に深く座りなおしながら、思わず天井を見上げた。
「のぞいてみてぇなぁ、あいつらの夫婦生活」
 まぁ、仲がよくていいことだ。当人達に、自覚はなくとも。