哀しみの日(SSC)


 当主を中心とした運営が情報を伏せて動くことはままあるが、その一年ほどの行動は振り返ってみれば奇妙な点はいくつかあった。砂漠の輝石とよばれる花嫁花婿が嫁ぐときを除くなら年に二、三回足を運べばいい王城に幾度も運営たちが招かれていたからだ。しかし誰も問い質さなかった。そもそも問い質したところで正確な回答が返されることはなかった。運営とその他の者たちの間には目に見えるほどの亀裂が広がっていて、好んで話し合う間柄ではなくなっていた。
 その、度々の登城の理由を知った次期当主レロクの反応は、わかりやすかった。説明しろ、と彼は父に叫び、思いつく限りの罵倒を、体力の続く限り続けた。彼の傍付きであるラギが青褪めながらも周囲の目を気にして声を潜めるよう、レロクを再三なだめたが無駄であった。何ごとか、と様子を見に来たものたちが、事情を察して立ち尽くし、それでも決定駄を口にせぬよう口元を覆って堪えていた。
 ラギが、息を切らし、咳き込むレロクを抱いて、引き下がろうとした時だった。
 シフィアが現れた。
 彼女からは血の気がうせていた。彼女が肩で息をしていた。そうあることではない。全力で走ってきたことが窺える。レロクの当主への罵倒を聞いていたわけではないだろうが、レロクとラギがこの場にいることとは無関係ではなさそうだった。
 彼女は許しも得ずに部屋に踏み入って、それを口にした。
「ウィッシュが……死んだって……本当なんですか?」
 悲惨がすぎる事故で、周囲が軒並み薙ぎ払われ壊され、その場にいた嫁ぎ先の者たちはこま切れ肉のようになって血の海に沈んだ。どれが誰の遺体なのかわからぬ事故の場に、否、事件の場に、シフィアの花婿は、ウィッシュはいた。
「誰がお前に漏らした」
 当主が初めて口を開いてシフィアに詰問したが、彼女はこたえてください、と懇願を繰り返すばかりだった。
「さがしにいかせてください」
 彼女の瞳は冷静だった。声音も静謐だった。しかし薄く微笑んで透明な涙をこぼす様は狂気を覗かせた。
「おねがいします。ウィッシュを探しに行かせてください」
「あれは死んだ」
「死んでない! 死んでません! 死んでません! 死んでない! ウィッシュは死んでない!」
 わたしのこころがそういってる。ウィッシュにあずけたわたしのこころが。
「……花婿は脆く簡単に狂い枯れる。知っているだろう」
 他ならぬ、傍付きであれば。
 もとより花婿は脆い存在だ。安易に死ぬ。傍付きであるシフィアも重々それを承知しており、嫁いだ先で死んだとしてもこのように取りみだし騒ぎたてることか。
 そう、当主はいう。
 冷酷な目のまま。
 だがもたらされたウィッシュの報は常とは違う。病でなければ衰弱でもない。ウィッシュの死に付随する様々な情報は、レロクを激怒させてラギを戦慄させた。それだけのものなのだ。
「せめていかせて。おねがいしますさがさせて」
「シフィア」
 シフィアに役を奪われたレロクは単に体力を切らしただけかもしれないが、大人しくなっており、ラギは急ぎシフィアを当主から引き離さなければならなかった。今まさに牙をむこうとしていたからだ。護衛として当主の周囲に立つ者たちがどうこうできる相手ではない。彼らは傍付きからふるい落とされた者たち。傍付きは、花嫁花婿を守るための最強の剣だ。そしてシフィアは傍付きたちの若手で三指に入る戦闘技能保持者でもある。この場にいる者たちを、下手すると皆殺しにできる。
「はなしてラギ!」
「駄目だ……! ファティマ! 若様を外へお連れしろ!」
 本来であればラギがレロクを外に連れ出したいが、シフィアを押さえられるのはこの場でラギひとりだった。
「おねがい! さがさせて! ウィッシュはしんでない! しんでない!」
 ラギ、放して! ラギっ……!!
 シフィアを羽交い絞めにしながら後退する。当主はシフィアに叱責もなければ彼女から逃げもしなかった。静かな目でシフィアを見つめていた。
 扉が視線を遮断するまで。