かわいいひと(女王の化粧師)


「そういえばすみませんでした」
「何がですか?」
 ガートルード家の宴から戻ってきた翌日、二人きりになった頃合で、ヒースがこっそりと謝罪してきた。彼に謝罪される理由が判らず首を傾げたダイに、彼はぼそぼそと呻く。
「その……不可抗力だったんですが、着替え中に、踏み込んでいってしまって」
「え? あぁ……」
 マリアージュによって無理やり着せられたドレスを脱いでいる最中に、彼が扉を開けてしまったことか。
 気にする必要はないと、ダイは笑った。
「いいですよ仕方ないですし。踏み込んだって言うか、扉あけちゃっただけじゃないですか」
「……でも、まぁ、その、ですね」
 みましたので、といわれて、ダイは目をきょとんとさせる。ヒースは渋い表情に唇を引き結び、僅かに頬を紅潮させていた。
「あー……」
 どう、声を掛けてやれば彼の気が休まるのか。
 確かにあの時、下着を除いて衣服を全て取り去っていたときで、不意を付いた彼が目にしたものは、ダイの裸体に他ならない。それについて申し訳なく思っているのであれば、お門違いな気がした。
「いえ、こっちこそすみません。気にしないでください」
「ですが」
「見ても減るようなもんじゃないですし」
「そういう問題じゃないでしょう?」
「んーでもなんか、私のほうが見苦しいものを見せて申し訳ない気がします」
「見苦しい?」
「えぇ。芸妓の子たちの身体は本当に綺麗だから、私のはそういうのとは程遠いですし」
 細く華奢なダイの身体は、芸妓たちのような優美でふくよかな曲線からはかけ離れている。とっさに庇ったため一瞬だっただろうが、そんな醜い身体を見てしまって、彼のほうが気分悪かっただろう。
「見苦しくなんてない。とても綺麗だった」
 子供のように拗ねた声音で反論され、ダイは息を呑む。その反応に、ヒースも我に返ったのか顔を赤くしたままそのまま項垂れてしまった。
「あぁ……いや、そうじゃなく……いえ、その通りなんですが……どういったらいいんだ」
 必至に弁解するヒースを眺めながら、ダイはふと思った。
「ヒースかわいい」
「えぇ?」
 胸中が思わず口から漏れてしまっていた。ヒースが露骨に顔を顰めて、ダイを睨み据えてくる。
 なんでもない、と慌てて首を横に振って、再び項垂れるヒースを見つめる。
「……まぁ、すみませんでした」
 謝罪を繰り返す彼に、ダイはとびきり優しい気分で微笑んだ。
「気にしないでくださいよ」