魂を抜く(女王の化粧師)



「本当にいたんでしょうか」
 報告の合間。キリムは去り、二人だけで取り残され、丁度よい頃合ということもあって、二人で茶を囲む。他愛ない世間話。そこで、滅びの魔女の話になった。
 メイゼンブルを滅ぼしたという伝説の魔女。その存在は吟遊詩人が語るだけ。
「さぁ、どうなんでしょうね。もしいるのなら、会ってみたいですが」
「……やっぱり男の人って綺麗な人には会ってみたいものですか?」
「そういう理由じゃないですよ」
 青年は苦笑する。
「この大陸の全ての人の運命を塗り替えた。何故滅ぼしたのかと、聞いてみたい。……実在するのなら、ですが」
「へぇ」
「貴女はどうなんですか?」
「んー遠慮したいです。怖そう」
 だって、人の魂を抜くんでしょ? 少女がそんな風にいうと、そうなんですか、と青年は瞬く。
「男の人の魂を抜いて、それでその国を滅ぼして去っていくんだって」
「傾国の娼婦らしいですから、あながち間違いではないのでしょうが……そんな逸話があるんですか」
「ヒース、魂抜かれたらいやですよ」
「抜かれませんよ。そもそも会いませんし」
「っていうか、魂抜かれるってどういう意味なんでしょうか」
「……骨抜きにされるっていうことなんじゃないですか?」
「……あー、なるほど」
「意味判らず、使ってたんですか? その表現」
 呆れた眼差しの青年に、少女はごまかし笑いに視線を逸らした。
 青年は嘆息する。
「まぁ噂に聞くと絶対的な美貌を宿す豊満な肢体の女だったといいます。たとえ実在して目の前に現れても、食指は伸びないでしょうが」
「ヒースの好みじゃないんですか?」
「まぁ、そうですね」
「じゃぁヒースがすきなのはどういう人?」
「それは――……」
 何かを言いかけ、青年は、む、と眉間に皺を寄せる。
「なんでそんなこと言わなきゃいけないんですか?」
「え? 話的にそういう流れなのかな、と」
「じゃぁ貴女は?」
「え? えーっと……考えたこともない、です」
 そもそもこの少女は長年男として振舞っていたのだから、男に対して好みを持つということに考えが至らなかったのだろう。青年はそう納得した。
 少女は青年を眺めながら考える。好み。好み?
「どういう人が好みになるんでしょうか?」
「は? 面白いことをききますね。端的に言えば、好きになる傾向ですが」
「……考えたことがないんでよくわからないです。ヒースはどうやって決めるんですか?」
「そうやってなんでも私に振らないでくださいよ。……強いて言えば、触れたくなる、ですかね」
「さわりたくなる?」
「えぇ」
 触りたい。触りたいかぁ、と考え、ヒースを眺める。綺麗な顔。柔らかそうな髪。彼こそ、触ってみたい男の最たる人間だと思う。
「ディアナ?」
 少女の視線に、ぱちくりと青年は瞬いた。少女もまた、我に返る。
「どうしました? ぼうっとして」
「え? あ、や」
 なんでもない、と呟きながら、青年から伸ばされる手に、頬が紅潮する。
 触りたいと思っていた手が、伸ばされてくる。
 その事実に、ぎゅう、と喉の奥が詰まった。
 頬を赤くして身を引く少女。その顔に、青年は得体の知れぬ衝動が腹の奥に渦巻くのを感じて手を引いた。
 かわいいな、と思う。
 かわいくてかわいくて、頭がおかしくなりそうだ。
 ぴぴ、と小鳥が窓枠に集まって、先ほど撒いた菓子の屑をついばむ。
「魔女に会っても、魂抜かれちゃわないでくださいね」
 強引に会話を引き戻そうとする少女に、青年は相槌を打った。
「もう抜かれる魂も無いですよ」



「っくしゅっ!!!」
「……ティー? どうした? さっきから。風邪か?」
「わ、わからないのですけれど……」
「身体温めて今日は早く寝ろよ。俺も仕事なるべく早く切り上げるよ」
「すみません……くしゅっ」
「……本当に、大丈夫か?」