初雪(裏切りの帝国)


 執務室への道すがら、エイは中庭でぼうと窓の外を見上げる少女を認めた。この寒空のした、上着も肩に掛けないで天を仰ぐ少女は、エイが視察の際他国からつれてきてしまった少女だ。エイは少し湿った色の大地に、とんと下りた。
「何をしているのです?」
「ものめずらしいものが空から降っておるなぁと思って。あれは何じゃ?」
 近寄って尋ねると、少女は天を仰いだまま返答した。釣られてふい、と空を見上げる。白くふわふわとしたものが鉛色の空から降ってきており、それがこの肌を刺すような寒さの原因であることがわかる。少女がいわんとしているものの正体をすぐに察して、エイは呟いた。
「あぁ雪ですね」
「……ほぅ、あれを雪というのか」
 ふわふわと振ってくる空気中の水分の結晶は、肌に触れてまもなく解けて消える。大地の上にすら留まることができないとても淡い、雪だった。
「リファルナでは降りませんからね」
 少女の出身国の名を上げると、こくりと彼女は頷いた。
「積もらぬのだろうか。積もったところをみてみたい」
「……どうでしょうねぇ。真夜中なら積もるかもしれません。この調子だと積もるのはちょっと難しそうですね」
「……そうか」
 明らかに気落ちした様子の少女の肩を、エイはぽん、と叩いた。
「けれども今日でなくとも冬中いつかは積もります。特に宮城では。山のふもとですから積もりやすいんですよ」
「ほ、本当か?嘘をゆうておらぬよな?」
「嘘言ってどうするんですか。それよりもヒノト、早く入って体を温めないと風邪を引くでしょう。医者が風邪を引いたらもともこもありません」
 ふむ、それもそうじゃな、と頷いた少女は、ふと目を輝かせた。
「積もったらユキダルマというものをつくってみたい」
「へぇ、がんばってくださいね」
「何をゆうておるのだ。おんしも一緒にに決まっておろうて」
「……は?いや私は仕事がですね」
「お主もラルトも仕事仕事で息抜きが足らん。ラルトには妾がいうから、大人しく付き合え。ユキダルマというものの造り方を知らんのじゃ。教えてくれてもよいじゃろう?」
 頼んだぞ、とぱんと背中を叩いて少女は走り去っていく。その背中を見送り、エイは少女がそうしていたように、空を仰ぎ見た。吐息は白く、視界を染めては霧散する。その彼方、空から舞い降りてくる淡雪は、だんだん淡いと呼べない色を宿すようになり、エイの髪に触れても、しばらくそのまま留まるようになっていた。
「……絶対面白がって陛下、ヒノトのいうこと通してしまいます、よね……」
 どうかこの雪が積もってくれませんように、という願いは、天に聞き届けられない確率が大きいようだ。
 いつの間にか周囲の木々が、うっすらと白み始めていた。