かぜっぴき(FAMILY PORTRAIT)


 喉が痛いと思って、蜂蜜ゆず茶を飲んで早く寝た。朝起きたらやっぱり声は擦れていて、むぅ、と眉間に皺を寄せて身支度を整える。仕事で長らく北海道やら沖縄やらに飛んでいたわけで、その温度差にやられたらしい。家で眠りたかったが、今日は前々から取っていた映画のチケットがあった。無駄に出来ない自分は、本当に貧乏性だと思うけれど、どうしようもない。とても楽しみにしていた、というのも、理由の一つ。
「具合悪いならもう少し厚着して来い」
 待ち合わせ場所に到着した遊を一目見て、音羽が開口一番そう呻いた。
 まだ一言もしゃべっていない。声すら聞いていないはずなのに、どうして具合が悪いと判ったのか。今朝方、鏡で確認した自分の姿はそう具合悪く見えなかったはずだ。
「なんで判ったの?」
 びっくりして瞬いていると、音羽が嘆息した。
「昨日の電話で、声擦れていただろうが」
「え? そうだった?」
「具合悪いならやめにしておけって俺が言う前に電話ぶちぎっただろう」
「……ご、ごめん?」
「お前もいい加減落ち着きを持て」
「う。そこまでいわなくたっていいじゃない」
 ぐちぐちとくさされて、だんだん腹が立ってきた。反論した遊を、音羽はぎろりと睨みつけてくる。やめてください、そういう冷ややかな目は。綺麗な顔が怒るとものすごく怖いんですから。
 長い付き合いで慣れたとはいっても、怖いものは怖い。
 音羽は嘆息して、首元に巻いていたマフラーを取った。ユニセックスとも思える、彼にしてはやけに明るい色のマフラーだ。
 彼はそれをふわりと広げると、かなり乱暴な手つきで、遊の首元にぐるぐるに巻きつけた。獲物に縄をかける勢いである。
「ふぐ!!」
 思わず漏れたうめき声は、口元まで巻かれたマフラーに塞がれ、くぐもって響いた。
 口元のマフラーを指先で引き剥がし、面を上げると、音羽はすでにすたすたと歩き始めていた。
「ぼさっとするから風邪引くんだ」
 早く来い、と悪態つく音羽の背中を、苛立ちのままに、ぐーで叩く。
 やくざも逃げ出しかねない鋭さで呆れた目をされ、遊は素直に謝ったのだった。