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まだ知らない


 みちるはちっちゃい。
 いや、多分、そんなに小さな部類ではないんだろうけど、自分の周囲にいる女性陣がそれなりに身長があるひとばかりなものだから、みちるは特に小さく見える。
 クラスメイトの中では、そんなに小さくない。身長順に並べば女子の中で真ん中ぐらい。けれど彼女の親友の佐々木が長身なので、やはり小さく見える。
 ちまちましてる。
「ちっちゃい」
 思っていることがつい口に出たらしくて、みちるは唇を尖らす。
「わるかったわね! あんたはいつの間にそんなにでかくなったのよ」
「成長期だから」
「カップ麺ばっかなのに、よくそんなにでっかくなれたわね」
 なんで伸びるのかといわれても、もう血筋だと思うけれど。
 僕の兄二人も父親も、長身とよばれる部類だし。
「いいな。もう少し背、高くなりたかった」
 口先を尖らせて、みちるが呻く。
「そのまんまでいいよ」
「この身長だと、板重積み上げるのに苦労するんだもの」
 パンの種なんかを並べて入れておく巨大なトレイをみちるはよく持ち運ぶ。小さい頃はよたよたしていた。今は足元はふらつかないけれど、積み上げたりする際に苦労しているみたいだった。
「べつにいいよ。ちまちましてるの、かわいいじゃん?」
「あんた、私をからかってるの喧嘩売ってるの?」
「からかって喧嘩売ってる」
「……サイッテー」
 力強く低く呻いて、みちるは歩を早める。けれど歩幅は僕のほうが当然大きくて、彼女には簡単に追いついてしまう。
「嘘だって。かわいいかわいい」
「……投げやり」
「カワイー」
「棒読み」
「……かわいい」
「営業用」
「……あのさ、どうしろっての?」
「黙っててよ」
「……はいはい」
 黙って隣を歩く。距離はそれなりに空ける。
 隣を歩くみちるは、小さい。
 まるで、触ったら壊してしまいそうなほど、華奢で。
 
 ――触ったら、だめかな。
 
 手を伸ばしかける。やっぱりやめる。触れたら最後、閉じ込めたくなる。
 みちるの身体がちょうど僕の腕の中にすっぽりとおさまることを知っている。まるで、あつらえたみたいにぴったりな大きさ。すぐ傍にいるとその身体を腕の中に閉じ込めておきたくて、むずむずする。ちっさくって華奢な体は、見ているだけであぶなっかしいのだ。
 あぁ、もう少し彼女が小さくなかったら、そこまでこんな衝動を覚えることは、なかったかもしれないのに。壊れそうだから触るのに遠慮する、だなんて、しなくてすんでいたかもしれないのに。
 この衝動の意味を、僕はまだ知らない。


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