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第四章 隠遁する魔術師 2


 初めて門の向こうに足を踏み入れた日と同じように、街の通りには人が溢れている。大手を振って歩くことすら難しい。ヒースが先導して歩いてくれているからこそ、ダイもまた進めるのだといった有様だ。気を抜けば、小柄なダイの身体はすぐに押し流されてしまいそうだった。
「ちゃんと付いて来ていますか?」
「はい」
 時折ヒースは振り返り、ダイがきちんと付いて歩いているかを確認する。その広い背を追いかけながら、結局この人が仕事を残して馬車から降りたのも、この状況を見越してのことなのだろうと、ダイはぼんやり思った。
「えぇっと、次の路地を右です」
「はい」
 ダイの指示に従って、ヒースは人を掻き分ける。申し訳なさを覚えながら、とりあえず逸れることだけはないようにしようと、ダイは改めて気を引き締めた。
 デルリゲイリアの王都であるこの街は、城から白砂の荒野まで一本の通りに貫かれている。
 これが目抜き通りで、現在は祭りのごとき賑わいを以って国内外の人がひしめき合う場所だ。その通りと平行または交差するようにして数本の大通りが存在する。これらに囲まれた区画がいわゆる商業区であり、聖女を祭る聖堂と広場を中心に、主だった商店、役所、富豪の屋敷、貴族の別宅などが放射状に立ち並ぶ。
 その外が、裏街と呼ばれる区域である。裏などという名前がついているものの、暮らしている住民の層は厚く、この都の人口の大半が集まる場所だった。ただ人が集まる分、素性不確かな者が夜陰に紛れて巣食う場所でもある。
 目的の店はその裏街の中でも大通り寄りの一角にあった。
 路地に入ると、大通りとは打って変わって静まり返っていた。大人二人が並んで通れるかどうかといった程度の細い石畳が伸びている。浮浪者めいた足取りの老人が薄汚れた帽子を目深に被って時折ほろほろ姿を見せるその通りには、冷えた風が吹きぬけていた。ある種のかび臭さすら漂わせる湿った風だ。
「あなた、この通りに一人で来ようとしてたんですか?」
「え? そうですけど……」
 ヒースが一度立ち止まり、呆れ眼で見下ろしてくる。何がおかしいのだろうと首を傾げつつ、ダイは通りに置かれた酒樽の向こう、壁に紛れるようにしてある、くすんだ青灰色の扉を指差した。
「そこです。そこの店」
「この店?」
「そうです」
 看板も出ておらず、扉にはめ込まれた玻璃の向こうは薄暗い。窓から見える遮光幕も、朽ちる寸前で引っかかっているという有様だ。
「……本当に?」
 冗談か、とヒースが言外に訴えてくる。
「本当ですよ」
 ダイは苦笑して頷き、彼の横から手を伸ばして扉を開けた。
「いらっしゃ……あぁ、ダイ!」
 路地を改築しただけのような細長い空間の奥、店主がダイを迎えるために席を立つ。珍しいこともあるものだと、ダイは目を瞠った。
 この店は立地こそ大通りに近いが、夜の住人相手に仕事をすることが多く、開店も夕方からとなっている。日中の客は拒まれるわけではないのだが、店主を起こす必要があった。今日もそうなるだろうと思っていたというのに。
 年は四十。左耳を三連の宝石で飾り、手や細い首に金色の鎖をつけている。細身の身体に刺繍施された女物の衣服を身につけた、狐のような顔立ちをした男である。
「ひっさしぶりなんだわさ!」
「えぇ、お久しぶりです、ミゲル」
 ダイの挨拶に店主の男は、薄い唇をにまりと曲げて笑った。
「聞いたんだわさ。あんた、とうとう花街の外に出たんだって?」
「えぇ」
 とうとう、の部分に、ダイは苦笑して頷いた。
「おかげさまで。すみませんミゲル。ちょっと時間がないんですが……ここにあるもの、今揃えられます?」
「うん?」
 挨拶もそこそこに、ミゲルに一枚の書付を差し出す。必要なものを予め書き留めておいたものだ。受け取った紙を一瞥した彼は、垂れた細い目をさらに細める。
「ずいぶん急だわさ」
「えぇ。わかってます。すみません」
「ある程度は取り揃えられると思うけど……」
 作業机の上に手をついて、ひらりと紙片を振ったミゲルは、軽く唇を舐めて顎をしゃくった。
 頭上を通り過ぎるミゲルの視線の先を追い、ダイは背後を振り返った。店の入り口付近。小麦粉や砂糖といった食料品から、ごてごてと宝石で飾られた短剣に、奇妙な木彫り人形という訳のわからないものまで、とにかく揃わぬものはないというほどに雑多な品が並んだ店内を、物珍しさ半分胡散臭さ半分でしげしげ見回しているヒースがいた。こちらの視線に気づいたらしい。彼はダイのほうへゆっくりと歩み寄ってくる。
「終わりましたか?」
「いいえ。まだです」
「うわぁああぁぁぁ……!!」
 突如上がったミゲルの奇声に、無意識にダイは体を跳ねさせた。
「なぁにダイ、この色男!」
 彼はこちらの肩を掴み、これでもかというほど盛大に揺する。振れる視界に、吐き気がしそうだった。
「ミ、ミゲル!? 落ち着い」
「紹介して紹介して紹介して!」
「わかりました! わかりましたから!」
 ミゲルの興奮具合に心底閉口しながら、彼の身体をどうにか押し退ける。襟元を正しつつ、ダイは様子見にヒースを仰ぎ見た。
 彼は店主の粘着質な視線に、明らかな困惑を見せている。誰だって四十の男からこんな秋波を送られれば、たじろがずにはいられないだろう。ミゲルがヒースのような男にめっぽう弱いのを忘れていた。この店の主は筋金入りの男色家である。
 ヒースに外で待っていてもらえばよかったと、ダイは本気で後悔した。
 しかし、ミゲルに紹介しないわけにもいくまい。さもなくば、彼に仕事をしてもらえなさそうだ。
「えぇっと彼は」
「ミゲル」
 口を開きかけていたダイは、割り込んできた男の声に出鼻を挫かれて瞬いた。
「一体なんなんだい? さっきの奇声は。誰かお客かい?」
 ミゲルの背後、店の奥の倉庫から薄暗がりを押しのけるようにして、男が姿を現す。見覚えのある顔に、思わずダイは声を上げた。
「ロウエン!?」
「ダイ?」
 驚きにか瞠目し、歩みを速めて男が近づいてくる。ミゲルを迂回してダイの隣に並んだ男は、喜色を浮かべてダイの肩を軽く叩いた。
「なんだ、久しぶりじゃないか! 元気していたかい?」
 黒髪黒目の中肉中背。この辺りでは珍しい、東大陸の民の面差しをした男だ。年は確か二十半ばを過ぎた頃だったか。顔を見るのは、半年ぶりとなる。
「えぇ、元気です」
 ダイは知己に微笑んだ。
「ロウエンもお元気でしたか? 本当に久しぶりですね」
「うん。変わりないよ。……最近花街に行かなかったからねぇ。アスマは元気かい?」
「あー……多分、元気です」
「多分?」
「花街を出たのよ、この子」
 ダイを指差してミゲルが補足する。その口調は、話を中断されたためか、やや不機嫌そうだった。
 驚いた様子で瞬いたロウエンは、ダイの背後に立っていた男にようやっと気付いたようだ。面を上げ、彼はヒースに向き直る。
「ダイ……こちらの方は?」
「私の新しい仕事先のひとです」
 ロウエンの登場で、ヒースも我を取り戻したらしい。いつもの彼らしい微笑を浮かべて、ロウエンに手を差し出した。
「初めまして、ヒースと申します」
「……ヒース?」
 ヒースに握手を返すために伸ばされていた、ロウエンの手が止まる。
「……何か?」
 何かを探るようなロウエンの視線に、ヒースの眉がひそめられた。その反応に気が付いたのだろう。ゆるゆると頭を横に振り、人の良い笑顔を浮かべてロウエンは謝罪する。
「……いいえ。すみません。何か勘違いしてしまって。不快な気分にしてしまいましたね」
「勘違い?」
「気にしないでください。つまらないことです。……ロウエンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「ご丁寧に」
 ロウエンに礼を述べたヒースは、さりげなく一歩だけ後退したように見えた。前触れない彼の動き。意味を図りかねていたダイは、傍らからぬっと突き出ているミゲルの手に目を丸める。ひらひらと宙を踊る彼の手は、ヒースに握手を求めて伸ばされたものらしかった。
 その手を半眼で眺めながら、ダイは店主を紹介する。
「ヒース。こっちはミゲルです」
「よろしくなんだわさ……」
「えぇ。こちらこそ」
 ヒースは薄く笑ったまま彼の手をさらりと無視し、一方ミゲルは傍目に見てわかるほどあからさまに肩を落としてみせた。大きくため息を零した店主は、嫉ましそうにダイを半眼で見下ろし尋ねてくる。
「……とりあえず、これを用意すればいいってことね?」
 ヒースに倦厭される態度をとったのはミゲルの方だというのに、何ゆえそんな視線を向けられなければならぬのか。ダイは彼の視線の意味を無視し、笑顔で頷いてやった。
「お願いします」
 ダイの笑顔に渋面となったミゲルは、先ほど渡した商品目録の紙を握りつぶして踵を返した。店の奥へと彼が消えたことを確認したヒースが、ほどなくして緊張を解く。
 ダイは笑わずにはいられなかった。
「そんなに苦手なんですか?」
 問いかけに、ヒースは黙秘を貫いている。その様子が、本当、おかしくてならない。
「……どうやら、新しい場所でも上手くいっているようだね」
 腕を組んでこちらとヒースを交互に眺めていたロウエンが、しみじみとした口調で呟いた。
 昨日のことが思い出され、そんなことはないと愚痴を零しそうになる。しかしそんなダイを制して、ヒースが彼に同意した。
「よくやってくれていますよ」
 ヒースの言葉には、なんのてらいもない。
 ダイは照れくささを覚えて、思わず話題の転換を図った。
「そういえばロウエンは、ここで一体何やってたんですか?」
「僕かい?」
「はい。……今、お昼ですよ」
 ロウエンは裏街に居を置く医者である。そしてミゲルと同じように夜に客をとっていた。日中にロウエンの姿を見かけるなど、ミゲルが今の時間活動していることに次いで珍しいことである。
「それは君にもいえることだよ。こんな時間に鉢合わせするとは思わなかったからね」
「……新しい仕事場、花街と昼夜逆なので」
「おや、そうなのかい?」
 ロウエンはヒースにちらりと視線を向けながら尋ねてくる。ダイは頷いた。
「えぇ。おかげで身体が慣れるまで大変でした」
「わかるわかる。最近僕も朝型なんだ」
 短く切られた黒髪に手をやり、何故か照れくさそうに笑って彼は言った。
「そうなんですか?」
「うん。まぁ……そろそろ夜に戻そうとは思ってるんだけどね。何せ仕事仲間や患者がほとんど夜型だから不便で仕方がない」
 ならば何故、朝型などになったのだ。問いをダイが口にする前に、ロウエンが言葉を続ける。
「今日もここには、いつものように薬の材料を取りにきただけなんだけど……寝入りばなを起こしてしまったせいで、ミゲルに自分で商品を探せといわれてしまった」
「あぁ、それで奥に入ってたんですか」
 話の流れに従って、ミゲルが姿を消した倉庫の方を何気なしに見やる。ダイにつられたのか、ヒースやロウエンも暗闇に閉ざされて様子窺い知れない倉庫を注視した。響いてくる、物がぶつかり合う音。合間に挟まれる、奇妙な悲鳴。
「……大丈夫なんですか?」
 不審そうに眉をひそめてヒースが呻く。肩をすくめて、ロウエンが微笑んだ。
「まぁ、いつものことです。大丈夫ですよ」
 ヒースがロウエンの発言の正否を目で問うてくるが、ダイは否定しなかった。
 無言で倉庫の入り口を見守ることしばし、大きな木箱を抱えたミゲルが店内に戻ってくる。彼は店の中心で集まるこちらに、恨めしそうな目を向けてきた。
「暇なら手伝うんだわさ! 特にダイ! これ全部あんたのもんなんだわ!」
「うっ。すみません」
 叫びながら木箱を上下に揺するミゲルに、慌てて駆け寄り謝罪する。恐々伸ばしたこちらの腕の上に、ミゲルは勢いをつけて木箱を下ろした。真に大人気ない。
 腕に掛かる重量に辟易しつつ、作業机に空間的余裕がないことを確認したダイは、店の壁際に追いやられている卓を借りることに決めた。縁に刻まれた彫刻見事なその木製の卓が売り物であることは明白で、作業用には全く似つかわしくないものなのだが、四の五の言っていられない。木箱がなにぶん重すぎて、その場に屈めば指を挟んでしまいそうである。急いでこれをどこかに置く必要があった。
 よたよたと足取り怪しく卓に向かっていたダイは、急に横から伸びてきた手に驚いて立ち止まった。
「ヒース?」
「危なっかしくて見てられませんよ。貸してください」
 嘆息交じりに呻いたヒースは、ダイの腕から木箱を易々と取り上げた。彼はそのままさっさと抱えているものを卓の上に下ろしてしまう。あっという間だ。ダイはヒースの背中を半ば放心しながら見つめていたが、やがて喉元までこみ上げてきた苦い感情に、瞼を閉じた。
(……しかたがない)
 この身体は、どこまでも脆弱で、非力だ。
「全部は揃えられなかったんだわさ。特に化粧品類」
「え。それが一番重要なんですけれど」
 商品目録代わりの紙を突き出してくるミゲルに、ダイは思考の海から浮上して呻いた。ヒースが置いてくれた木箱の下へ、急いで駆け寄る。
「あれ、化粧箱、じゃないんですね」
 木箱の中の一番上を占領する化粧鞄を一目見て、ダイは呟いた。
「あんたに丁度いい大きさの化粧鞄があったんだわさ。丈夫よ。そっちのほうが持ち運びにも便利だろうし、軽い」
「ありがとうございます」
 礼を述べつつ作業に邪魔な化粧鞄を床に下ろし、改めて他の品物を確認していく。海綿、綿布、筆の予備、消毒液、他、こまごまとした道具たち。
 木箱の中には、ダイが指定した物の大半が揃えられていた。紙に書いたときは思い当たらなかったのだが、結構な品数と量がある。マリアージュの手によって壁に叩きつけられ駄目にされたものだけはなく、量の減りが早いものや予備を持っていないものも、余分目に記したからだろう。もしヒースが付いてきてくれなければ、ミゲルに運搬の手伝いを頼まなければならなかったに違いない。
 全てに目を通し終えたところで、ダイはため息をついた。
「……あぁ、本当にない」
 乳液や化粧水、落とし粉、練粉。その中には急ぎで欲しいものもある。
「いつ入ってくるんですか?」
「んーそれがわからないんだわさ」
「わからない?」
「そう」
 ダイの問いに頷いたミゲルは、倉庫近くに設えられた棚から書類の束を取り出した。取引相手を記した台帳だろう。指先をぺろりと舐めて、彼は黄ばんだそれを捲り始める。
「あんたが使ってるものは、普通の顔師が使ってるものと違うんだわ。ちょいと特殊でねぇ……」
「それはどういう意味なのですか?」
 質問を口上したのはダイではない。ヒースである。彼に声を掛けられたミゲルは喜色を浮かべて解説を始めた。
「他の顔師やら商人には、顔料が良く取れるちっさい国で作っているのを卸してるんだけど、ダイに卸してるものは、女が個人的に作ってるものを分けてもらってるものなんだわ」
「え。あれ全部一人の手で作られてたんですか?」
 他の化粧師たちに比べて、ダイが使うそれは圧倒的に品数と種類が多い。色物など特にだ。
 驚くこちらの横で、ダイの仕事道具を幾度も目にしているロウエンが、腕を組んで感心に唸った。
「たった一人でか……すごいね」
「だ、か、ら、特殊だっていうんだわさ。一人住まいらしくて、珍しい薬草なんかを持ってたまぁに来るんだわ。化粧品の類もそのときに。本当に気まぐれだから、いつ来るかわからないんだわ」
「でも今までそういうの一度もなかったんですけど」
 最初こそ他の化粧師たちと同じものを用いていたが、たまたまミゲルによいものが入ったからといわれて現在のものを使い始めて以降、『品切れ』など初めてのことだ。
「いつ来るかわからないとはいっても、定期的には来てたんだわさ……。うん。先々月には来てる」
 そういってミゲルは台帳らしき紙束を指で弾いた。
「もしかして、うちとは別の店と取引を始めたのかもしれない」
「そんな」
「その方、どちらに住んでいらっしゃる方なのですか?」
 悲嘆に暮れかけたダイを手で制し、ヒースが口を挟む。
 集まった視線のためか、居心地悪そうに眉をひそめた彼は、質問の意図を補足した。
「もし場所さえわかるのならば、取りに行ったほうが早いでしょう。……近場にお住まいなら、ですが」
「残念だけど、住んでいる場所まではねぇ……」
 ミゲルのような商人は、非合法の客も相手にする。素性を探らないことが暗黙の了解だ。わかっていたこととはいえ、ダイは落胆を隠せなかった。
 そんなこちらの様子を見て取ったのか、ミゲルが慌てて口を挟んでくる。
「ま、まぁ、大体どのあたりかの見当は付くんだわ」
「へぇ? どこなんだい?」
 ロウエンの問いに、ミゲルが押し黙る。先ほどの発言は、こちらへの気休めということだろう。
「いいですよ。しばらくは今あるものでどうにかします」
 申し訳なさそうなミゲルに微笑み返して、ダイは言った。
「悪いねぇ。城壁の外に住んでることはわかるんだけど……」
「城壁の外? それは、隣の町、ということですか?」
「町、じゃないみたいなんだわ」
 ヒースの問いに、ミゲルが応じる。
「荒野のど真ん中みたいなことを言ってたけど……」
「……これから向かう町で何か話が聞けるかもしれませんね」
 言葉尻を濁すミゲルの後を引き取って、ヒースが言った。ロウエンが首を傾げる。
「町? 城壁の外へ?」
「えぇ。用事があるので、ついでに訊いてみればいい。この街で取引をするということは、そんなに城壁から離れているわけではないでしょう。一番近場の街にいくでしょうから」
「あぁ、そうだね」
 腕を組んだロウエンが、ヒースの言葉に同意を示した。
「女一人なら、なおさら遠くまで行くのは面倒だろうしね。近い町なり村なりを選ぶよね」
「そうです。それに女一人で荒野に住んでいるのでしたら、目立つでしょう。町に噂が立つはずです。行商が言うでしょうからね」
 何もない土地に家を建てて暮らしていれば、荒野を縦横無尽に旅するという行商たちの目には否応がなく入る。彼らを通して、町人たちの口に上るはずだと、ヒースは言う。
 なるほど、とダイは唸った。
「もし、それらしい場所がわかれば、行ってみる。それでいいですか? ダイ」
 話を振られ、ダイは頷いた。断る理由など、どこにあるだろう。
「とりあえず品物を運びましょうか」
 そういって、卓の上に広げられた商品を片付け始めたヒースに、ロウエンが腕まくりして応じる。
「あぁ、僕も手伝うよ」
「い、いいですよやりますよ!」
 男達二人の背に、ダイは慌てて叫んだ。手伝ってもらおうとは思っていたが、さすがに全部を運ばせるなどと申し訳ない。しかしヒースもロウエンも、ダイに手出しさせるつもりは一切ないようだった。
「商品抱えたまま、人ごみ掻き分けること、できますか?」
 呆れた目でヒースに冷静に指摘され、ダイは唇を引き結んだ。
「……自分の力っていうものは、把握しておくべきだわさ」
 口を挟むミゲルを、八つ当たりと思いながら睨みつける。ヒースが、重ねて尋ねてきた。
「出来ますか?」
 出来そうも、ない。
 人ひしめく大通りを思い出したダイは、己の非力さを呪いながら、思わずその場に屈みこんだのだった。


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