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第六章 微睡む王母 2


「強情なやつめ……」
 ダイの取り調べを受け持った番兵は苛立ちを露わにした。
「……自国の館の敷地を歩いていたら、こちらに来てしまっただと……? どの館の敷地も外壁で囲まれている。そのような嘘を繰り返すな!」
「そうはいわれましても……」
 起こったことありのままを述べただけだ。これ以上、どう答えればよいというのか。
 ダイは肩をすくめた。捕獲されて一刻ほど。椅子の背に腕を回された状態で固定されて長い。手首に嵌められた枷もかなりの重さだ。身体を少しでも解したかった。
 デルリゲイリアの館の隣の敷地にアッセと共に入り込んでしまったことは、ダイにも理解できた。しかしかりそめの隣国が、会議参加の七か国中のいずれであるかまではわからなかった。
 武器の携帯の有無はアッセと共に調べられ、裸にひん剥かれることこそ免れたものの、対一となって以降の兵の目つきがかなり危うい。牢代わりとして使われているこの客間にはおあつらえ向きに寝台まである。
 強姦とまではいかなくとも、近い嫌がらせはあるだろう。花街生まれの勘だった。
 焦るな、と、己に言い聞かせる。隙を見せてはならない。
(マリアージュ様が動いてくれているとは思うんだけど……)
 ダイたちが捕まったときにアルヴィナはいなかった。彼女によってダイたちの失踪は速やかにマリアージュに伝えられたはずだ。
(間に合うかな……)
 すでに国同士の問題に発展しかけている。が、ダイの身に傷が付けば、事は穏便に収まるまい。マリアージュは激怒する。それだけは確信がある。
「……どうだ? 素直に話す気になったか?」
「さっきから正直にお話ししています」
「……どうにも話したくないみたいだな」
 平静を装ったダイの態度が気に入らないようだ。兵が嗜虐心を目の奥に覗かせて立ち上がる。
 駄目か、と、覚悟を決め、両脚と腹部に力を入れる。機会は一瞬。兵の隙を突いて彼の急所を狙うしかない。
 けれども上手くいくかどうか。ミズウィーリ家で護身の術をアッセに教わったときも、自分は武術は向いていないと身に染みて学んでいたのだ。
 兵がダイに手を伸ばしかける。
 そこに、叩扉の音が響いた。
 兵がダイから手を引くと同時に扉が開かれる。廊下には四人の男女が立っていた。ひとりはダイたちを捕縛した眼帯の男。残りの三人は初めて見る顔だ。が、貴人とわかる装いをしている。
 兵の顔色が変わった。
「アバスカル様……!」
「失礼するよ。確認したいことがあってね」
 兵にアバスカルと呼ばれた男が前に進み出る。灰色の髪をきれいに撫でつけた初老の男だ。小麦色の肌に、濃い灰色の瞳。整えた口髭をたくわえている。彼はダイを一瞥すると、連れの者たちを振り返った。
「彼は本当に君の客だというのかね? サイア」
「そうだよ、伯父上」
 アバスカルの問いかけに女が答える。ダイは唖然と女を見返した。その場に光射すような美女だったのだ。
 緩やかに波打つ豊かな濃褐色の髪。肌色はアバスカルと同じだが、輝くような艶と張りがあった。猫のように挑戦的な目は淡い緑だ。はっきりとした曲線を描く身体を、男ものの正装に身を包んでいる。
 その男装の麗人はダイを見ると不快感あらわに眉をひそめた。
「やぁやぁ、これはひどい扱いだな……。戒めを解け。いますぐにだ」
「落ち着きなさい。まずは彼が紛れもない君の客だと証明してからだ……」
 アバスカルの叱咤に麗人がくちびるを曲げてダイに向き直った。
「デルリゲイリアからのお客人。お待たせしたせいでこんな面倒に巻き込まれて悪かったね」
 もちろん、彼女の発言の内容に心当たりはない。
 胡乱な目を向けるダイに麗人は不敵に笑った。
「私がゼムナム宰相サイアリーズ・カレスティアだ。今回は私の誘いに応じていただき、感謝しているよ」
 ダイは瞠目して息を呑む。ゼムナム宰相と名乗った女はダイの反応を面白がるように口の端を上げた。
「さて申し訳ないのだけれどね。我が伯父アバスカル卿が君たちを我が国に害成す侵入者だと言って聞かないのだ。お待ちいただいているあいだ、散歩でもどうかと勧めたのは私なのにね。……私が招いた客人であることを、証明してはくれないだろうか?」
 ダイはサイアリーズの言葉の真意を探った。
(……私を……助けようとしている?)
 ダイたちは――正確に述べればマリアージュは、確かにゼムナム宰相から密談の誘いを受けている。しかしそれに応じるとは確定していなかった。小スカナジアでゼムナムの様子を探ってからでも遅くはないと判断されたためだ。
 けれどもダイたちはすでにゼムナム国領同然の土地に足を踏み入れてしまった。
 サイアリーズは人好きのする笑みを浮かべてダイからの返答を待っている。
 ダイは背筋を正して彼女に微笑み返した。
「お初にお目通り賜ります。お待ちしておりました、私のことはダイとお呼びください。デルリゲイリアが女王より国章を賜りし化粧師です」
「噂はかねがね伺っている。お会いできて光栄だ」
「こちらこそ、宰相閣下。先だっては会合のお誘い、誠に有難うございました」
「前置きはよろしい」
 サイアリーズの横から焦れた様子でアバスカルが口を挟んだ。
「ダイとおっしゃったか。あなたがたはいつどこで姪の招待を受けたというのかね?」
「二か月ほど前、我が国に宰相閣下より密命を受けた使者がいらっしゃいました。……商工協会西大陸支部南方支局の長にしてオースルンド商会会長、アーダム・オースルンド氏です」
「……あやつか」
「ついでいうと私はアーダムに宣誓もした。この招待において私、サイアリーズ・カレスティアは、デルリゲイリアにいかなる敵意も持ち合わせない、危害を加えない、と」
 アバスカルが顔色を変えてサイアリーズを振り返る。彼女は挑発的ともとれる目でアバスカルを見上げた。
「そんなわけで伯父上。私の大切なお客人を取り戻してよろしいかな? このままでは商工協会から制裁を食らいかねない」
 アバスカルがサイアリーズを忌々しげに睨め付ける。が、次の瞬間には心苦しそうにダイの顔を窺っていた。
「手違いがあり大変失礼致した。私はヘラルド・アバスカル。……あなたの女王陛下のお怒りを買わなければよいのだが」
「我が君は寛容な方です。過ちが正され、友好の手を差し伸べてくださるのなら、多くはおっしゃらないでしょう。……戒めを解いていただけますか?」
「もちろんですとも」
 ヘラルド・アバスカルが眼帯の男に顎で指示する。眼帯の男は素早い身のこなしで部屋に踏み込むと、ダイの背後に回り込んで手錠の鍵を開けた。手首同士をつないでいた鎖が落下して金属音を立てる。ダイは立ち上がって番兵に一礼した。番兵は苦りきった顔でダイを見返していた。
「ナシオ。もうひとりのお客人も開放して、私の部屋に連れてきてくれ」
 眼帯の男はナシオというらしい。彼はヘラルドに目で許可を仰いでからサイアリーズの命令を受諾した。すれ違いざまヘラルドに目礼して退室する。
 ヘラルドがダイを一瞥したのちサイアリーズに言った。
「私がこちらのお客人を案内しよう、サイア」
「いいえ、伯父上。ご安心を」
 サイアリーズがにべもなく断る。しかしヘラルドは諭すように食い下がった。
「サイア、最初に君がお客人を待たせ、そして私が手違いとはいえ失礼な形でお客人の時間を奪ってしまった。今度は君の牛歩に彼を付き合わせるつもりかね?」
「イスウィルに案内させます。……イスウィル」
 サイアリーズの呼びかけに従って彼女の背後から男がひとり歩み出た。
 初めて見る色合いの人種だ。
(……南のひと、かな……)
 おそらく、二十代後半。銀の髪に夜色の肌。何よりも目を引くものはその目だ――驚くほどに鮮やかな、太陽に透かした肉厚の葉を思わせる、瑞々しい緑の双眸。
 鼻筋のすっきりと通った端整な顔立ちをしている。しなやかな筋肉に覆われた体躯を、薄紫を基調とする騎士服めいた衣服に包み、腰には長剣と呼ぶには寸足らずな長さの剣と短剣の二本を佩いていた。
 サイアリーズの近衛なのだろう。
「ダイ、こちらに」
 ダイはサイアリーズの呼びかけに従って歩み寄り、はた、と気づいた。
 サイアリーズは、杖を突いている。
 ダイの視線に気づいたサイアリーズが微苦笑を浮かべる。
「この通りだから、歩みが遅くてね。イスウィルと先に部屋に向かっていただけないだろうか」
「いいえ。閣下とご一緒させてください」
 ダイは即答した。
 サイアリーズが破顔する。
「と、いうことです。伯父上、お客人は私めとイスウィルが案内致します。伯父上にはこちらまでご足労頂けただけで充分。ご自分の執務にお戻りください」
 ヘラルドはしばしサイアリーズを苦りきった顔で眺め、ダイに一礼して踵を返した。
 ダイを監視していた兵が慌ててヘラルドに付き従う。
 彼らの足音が途切れたのち、サイアリーズが楽しげに、ダイに片目を閉じて見せた。


「話を合わせてくれて助かった!」
 サイアリーズが私室の長椅子にどかりと腰掛けて豪快に笑う。ダイも対面の席に腰掛け、頭をふるりと振った。
「いえ、こちらこそ助かりました……。カレスティア宰相閣下?」
「サイアでかまわないよ。敬語もナシだ」
「あなたは宰相で私は一介の化粧師ですよ」
「立場は変わらないよ。王の信を受けて国章を背負っている」
 証たる上着に袖を通してはいないが、彼女もまた《国章持ち》であるらしい。
 あっけらかんと言い放つサイアリーズにダイは好感を持った。緩みかける気を、いけない、と引き締める。
 レイナ・ルグロワもダイの職を気に掛けなかった。そういった態度と胸中で何を思っているかはまた別だ。
「しかし……災難だったな。こちらに迷い込んで」
 サイアリーズが膝の上で両手を組んで労りを述べる。あぁ、そうでした、と、ダイは身を乗り出した。
「事情を訊かれたときにも話しましたが、敷地を隔てている外壁が途中で途切れていたんです」
「聞いたよ。いま調べさせている。というか、調べている最中だった」
「調べていたんですか?」
「敷地内に異常がないかどうかをね。私たちは昨日こちらに入った。まずは館の中を調べていた。隣人はまだ到着していなかったからね……。それで今日、館回りを調査していたら、この騒ぎだ」
「私たちは今日の昼に到着しました。それで見回りを」
「災難だったな、としか言いようがない。まぁ、あなたの陛下には連絡したし、準備が整い次第すっとんでくるさ。それまでゆっくりしていてくれ」
 頃合いを見計らったようにイスウィルが茶器と菓子の載った台車を押して現れる。ダイとサイアリーズの間にある楕円の円卓に、彼は手際よく茶器を並べ、茶を注いでいく。
「改めて紹介しよう。イスウィルだ」
 サイアリーズがイスウィルを紹介した。
「私の側近だ。護衛と世話役を兼ねている。他にも何人かいるが……機会があれば追々紹介する」
 南方系の青年は背筋を正して優雅に一礼する。ダイも腰掛けたまま会釈のみを返した。
「さ、どうぞ。たいしたもてなしもできずに申し訳ないが」
「いえ、充分です……」
 ダイは円卓を見下ろした。木製の皿には子どものこぶし大の平たく丸い焼き菓子がいくつか。茶器の中の茶は淡い黄金色。そして濡れた手巾。
 素直に口にしてよいものか迷う。空腹には違いないし、手を付けなければ失礼にあたるのだが。
 逡巡しているダイの前にサイアリーズの手が伸びて焼き菓子を取り上げる。彼女はそれを半分に割って、片方の欠片を口に放り込んだ。
「うん、うまい」
 サイアリーズは破顔した。
「私の国の都で一番の店の菓子なんだ。本当は焼き立てが一番なんだが。……あぁ、匙と取り皿がいるな」
「あ、いえ。大丈夫ですから」
 イスウィルに言いつけようとしたサイアリーズをダイは慌てて押し留めた。サイアリーズを真似て菓子を手に取り半分に割る。表面を堅焼きした中に焦げ茶色の柔らかなものがみっちりと詰まっている。口の中に放り込むとほろりと崩れて、舌の上に滋養のある甘さが広がった。初めて体験する味だ。
「おいしい……」
 ダイは息を吐いた。茶にも口を付ける。こちらも飲みなれた味ではなかった。渋みがなく、さっぱりとしている。菓子の甘さを拭う軽い飲み口だ。温度も熱すぎず、冷めすぎてもいない。長時間拘束されて冷え固まった身体をじわりと温める。
「すこし失礼」
 サイアリーズが急に伸びあがり、ダイの顎を軽く掴んだ。ダイは茶器を取り落すところだった。
「な、何なんですか!? いったい……」
「いや、少し気になることが……。ふぅん……」
 ダイが抗議しつつ顎を引いてもサイアリーズに手を引く気配は見られない。ダイは彼女を睨み据えながら慎重に茶器を卓の上に置いた。サイアリーズの腕の下に己のそれを差し入れる。
 そのままダイが腕を跳ね上げようと試みる直前、扉が開いた。
「ダイ!」
「アッセ」
 稀に見る険しい顔でアッセがダイに駆け寄ってサイアリーズとの間に割って入った。彼が滑り込んだ振動で円卓の上の食器類が硬質の音を立てる。
 サイアリーズが諸手を上げた。
「怖い顔をしないで欲しい。あなたがダイと一緒にうちに来てくれた方だね」
「貴様、ダイに何をしようと……」
「少し気になることがあっただけなんだ。危害は加えるつもりはなかったよ。悪いけど落ち着いてくれるかな……」
 サイアリーズが扉を一瞥する。ダイもつられて見た。ナシオと呼ばれた眼帯の男が立っていた。
「……その男は招かれざる客という認識でかまいませんね? 宰相閣下」
「ナシオ、そんな客はここにはいないよ。剣に手を掛けるのをやめたまえ。さっきも伯父上と聞いただろう。私はね、協会に宣誓した身なんだよ」
「アッセ、座ってください」
 ダイはアッセの腕を引いた。彼が驚きの顔で振り返る。
「しかし、ダイ……」
「いいから座ってください。私は何もされていません」
 ダイはサイアリーズを見据えたままアッセに告げた。
 サイアリーズとダイの顔を見比べたアッセは、渋い顔を隠さぬままダイの隣に腰を下ろした。
「ナシオ、彼を送り届けてくれてありがとう。戻っていい」
 ナシオがくちびるを引き結んで一礼し、扉を閉じた。
「ダイ……本当に何もないか? 怪我は?」
 アッセが焦燥を滲ませてダイの身体に視線を滑らせる。ダイは努めて明るく微笑んだ。
「えぇ、何もありません。アッセは?」
「問題ない。……本当によかった」
 アッセにふっと抱き寄せられる。
 彼の身巻く香水が鼻先を掠め、鍛えられた身体の圧力を感じ、ダイは身体を硬く強張らせた。
 喉元までこみ上げた悲鳴を押し留め、胸の間に挟まった手で抵抗を試みる。
「アッセ……すみません、痛い」
「あっ、あぁ……すまなかった……」
 アッセが弾かれたように身体を放す。ダイは安堵に息を吐きながら頭を振った。
「ご心配を、かけました……」
 捕縛されたことは不可抗力だ。アッセのせいではない。が、彼としては責任を感じていたのだろう。
 アッセは右隣に座っている。震えかける右腕を左手で制する。
(……おちつけ……)
 ダイは己に言い聞かせた。
 緊張をアッセに気取らせてはならない。彼が傷つく。彼はダイを案じていただけだ。
 アッセが不安そうな眼差しでダイを見ている。ダイは彼にぎこちなくも微笑み返した。気を取り直してサイアリーズに向き直る。
「サイア、紹介します。こっちはデルリゲイリア近衛騎士の長、アッセ・テディウスです。アッセ、こちらの方はゼムナムの宰相、サイアリーズ・カレスティア閣下。お隣の方は宰相閣下の側近でいらっしゃるイスウィルさんです。……私はおふたりに助けられました」
「サイアリーズだ。サイアで構わない」
 サイアリーズがにこやかに笑ってアッセに握手を求める。アッセはそれに無精ながら応じた。
「アッセ・テディウスと申します。……お見苦しいところを見せてお詫び申し上げます」
「かまわないよ。それだけ心配だったっていうことだろうから」
 サイアリーズは寛容さを見せた。
「こちらとしてもダイを驚かせてしまったしね……」
「さっきのは何だったんですか?」
 アッセが現れる前のサイアリーズの動きをダイは思い出した。出し抜けに顎を掴まれて驚いたのだ。
「あぁ、あれか。あなたは女なんだなと思ったんだよ」
 ダイは瞬いた。初対面の人間に短時間で性別を言い当てられたことは初めてかもしれない。
「ダイのうわさは色々と聞いた」
「私のうわさ?」
「そう。化粧師が国章を持つってなかなかないだろう? 私と同じ男装した女だって聞いたしね。興味があった。けれど後から話を聞くと、実は男に見えるような醜女だの、手弱女のような美少年だの、いや、眉目秀麗な美丈夫だのって、人によって言うことがばらばらだった。でも会ってわかったよ。なるほど、性別が分かりにくいな。隠していた?」
「……隠してはいませんが、訂正はしません」
 ダイは正直に答えた。ここで言い逃れしても何もない。
 サイアリーズが、いいねぇ、と感嘆の声を上げた。
「人の油断を誘えるね、それは」
 ダイの胸に情報屋の男の言葉が去来する。
『ゼムナムの宰相は抜け目ねぇぞ』
(……本当ですね、ダダン)
 サイアリーズは、鋭い。
 ダイの心中を気取ったらしい。サイアリーズは笑みを深めた。
「警戒させてしまったね。けれど信じてほしい。私はあなたたちに危害を加えられない身なんだ」
「そういえば言っていましたね。オースルンドさんに、宣誓したとか……」
 ダイはサイアリーズとヘラルドのやり取りを思い返す。
 サイアリーズは伯父に述べた。デルリゲイリアにいかなる敵意も持ち合わせない……。
 アッセが訝しげに問いかける。
「さきほどの、協会に宣誓した身、という言葉と同じ意味か?」
 サイアリーズが首肯した。
「商工協会はわかるね? アーダム・オースルンドは商工協会の宣誓受諾権限を持つ人間でね」
「宣誓……受諾権限?」
「平たく言えば誓いの見届け人だ。その誓いを破ると、ゼムナムは商工協会側から制裁を受ける」
「えぇっと、つまり、今回はデルリゲイリアの敵にならないとオースルンドさんに誓った、と?」
 ダイの問いにサイアリーズが肯定を返す。
「そうなるね」
「誓いを破るとどうなるんですか? 制裁って……たとえばどんな?」
 ゼムナムは国だ。対する商工協会は世界中に根を張るとはいえ、あくまで政治権限を持たない組織である。
 サイアリーズが顎に手を当てて冷笑を浮かべる。
「無補給船の入港禁止」
 ダイは瞠目した。
「それは……ゼムナムが入港禁止を言い渡すのではなく? 商工協会側が?」
「そう。商工協会は無補給船の技術を独占している。ゼムナムもペルフィリアも、無補給船に関してだけは商工協会からの船を招き入れているに過ぎない。ゼムナムへの制裁として効果的なものはこれ以上ないのに、商工協会側は痛くもかゆくもない。いまは北のペルフィリアも港を持っているし、足りなければ他の国に技術供与して造らせればいいって話だ。……我が国としては断固として阻止したいがね」
「そのような制裁の可能性を負ってまで、わたくしどもの国に秘密裡に接触した理由は?」
 アッセが神妙な口調でサイアリーズに問いかけた。
「そしてそれは今回、我々を助けてくれた理由になるのでしょうか? 宰相閣下」
「うん、そうだな……どう説明しようか……」
 サイアリーズが首を巡らせて思案した瞬間、室内に軽い叩扉の音が響いた。イスウィルが音もなく歩み寄って扉を開く。イスウィルと同じ薄紫の装いの女が一礼して入室し、サイアリーズに耳打ちをした。
 サイアリーズがダイとアッセを眺めて微笑む。
「話は役者がそろってから話そう」
 彼女は言った。
「ちょうど、あなたたちの女王陛下が到着なさったようだから」


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