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46 夜会

 今日は大勢の賓客を他国から招いての夜会の日です。
 国内なら本宮の大広間に豪勢なお膳を並べて執り行われる宴会ですが、今日は参加者の皆さまが国外からお越しなので、椿の離宮で催されます。
 うるしで黒く艶を出した柱や、天井に張り出される、銀刺繍で再現された七宝模様は見事のひと言につきます。五百年ほど前、宮の敷地の方々前に建てられた、帝国と北方の様式を融合させた建築群。そのうちのひとつ。椿の離宮は、主に他大陸の国賓を招く際に使われる黒と紅と白の宮です。
 いつもであれば金銀漆、鼈甲に玻璃や真珠を連ねた簪を挿し、季節に応じた絹を重ねて接遇するティアレ様も、皇后陛下も今日は異国風の衣装をお召しです。美しい緋の髪には賓客の皆さまの国花たる梔子を真珠と共に飾り、身にまとうものは午餐の盛装。腰などを膨らませない、すっきりとした線のご衣裳です。
 赤いようにも青いようにも見える濃紫に真珠母色を重ねた盛装は、角度によって裾に異なる絵柄を浮き立たせるもの。斜めからは南天が、正面からは水仙の花模様がうっすら見えて、皇后陛下の凛とした美しさとお人柄の良さがにじみ出る装いです。あぁ、なんとお美しいのでしょう。
 長い裾から布靴の先が椿の形に縫い留められた硝子玉の群れが、天井から下がる見事な装飾燭台の明かりをちらちらと煌めかせ、まるで陛下の行かれる道に星の光を散らすよう。
 わたしが胸をいっぱいにして陛下を拝見していると、その視線をお感じになったのか、ふっとわたしの方を見て微笑まれました。
「おかしなところはありませんか?」
「いっ、いいえ! とてもおきれいです!」
「何かあったら遠慮なく声をかけてくださいね。女官長の見立てですし、作法的には問題ないはずですけれど」
「問題なんてございません! わたしがその、ぶしつけに、陛下を拝見してしまったのは」
 かぁっと頬が熱くなる。会場の端で待機していただけのわたしに、皇后陛下がお声がけくださる。その声はとても柔らかく、聞き取りやすく、でも耳に届く、そんなやさしい声で、わたしは胸元をぎゅっと握りしめて、訴えたのだった。
「あんまりにも……お美しいから、目が離せなかったのです」
 皇后陛下はきょとんと目を丸められ、そして面映ゆそうに微笑んでくださったのです。
「ありがとう」
 守りたい、その笑顔。今日はなんて日なんだろう。お声を頂戴し、笑顔まで向けていただいた。幸せが過ぎる。
 今日の午餐の会が、どうか和やかに終わりますように。
 わたしは皇后陛下のまっすぐに伸びた背に祈りを捧げたのでした。