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41 制服

 妹尾家の校区では、小学校は私服だが、中学から制服になる。
 小学校の卒業式を終えた春休み初日。みちるは妹尾家を訪れていた。
 ここの末っ子たる叶(かなえ)はみちるの天敵だが、彼を除いた姉兄たちとは仲良しである。今回、中学に上がるみちるに、棗(なつめ)がお古の制服を譲ってくれることになったのだ。
 きれいにクリーニングされた制服に袖を通したみちるは、姿見に映った自分を見て破顔した。
「すごい。きれい。ぜんぜん傷んでない……本当にもらってもいいんですか?」
「もちろん。処分しようか迷っていたぐらいなの。使ってちょうだい」
 妹尾家の麗しき長女がその美しいかんばせに女神のような神々しい微笑を浮かべる。
「少しサイズが大きいけど、成長期だものね。すぐぴったりになるわよ」
「ありがとうございます。助かります」
 制服の購入案内を見たとき、目を剥いたのだ。どうして制服はあれほど高いのだろう。中のシャツはともかく、ブレザーとスカートを夏もの冬もの、それぞれ二着ずつ。計四着も揃える必要がある上に、その上下一組が驚くほどに高いのだ。
 みちるの家は生家ではない。みちるの保護者となっている大人たちは血の繋がりもない赤の他人である。みちるを母から押し付けられた彼らはみちるにとてもよくしてくれるけれど、本当だったら学費も何もかも、彼らが払わなくてもいいものだったのだ。制服はいくら三年間を通しで着る予定とはいえ、一気に買ってもらうのは気が引ける金額だった。
 それを秋冬の一着ずつ古着でもらえれば、ありがたいことこの上ない。
 姿見の前でくるりと回ってみる。きれいにプレスされたプリーツがふわりと広がった。
 クローゼットの扉を閉じつつ、みちるを振り返った棗が称賛する。
「似合う似合う」
「ありがとうございます!」
 そのときだった。軽く扉が叩かれて、外から声が掛かった。
「なつめー。麦茶もってきたけど」
 叶の声だ。
「入っていいの?」
「もういいわよ」
 長女の許可を得て、叶がひょっこり顔を出す。盆の上には麦茶のグラスと和菓子がふたつずつ。棗が前に出て弟からそれらを受け取った。
「ありがと。……あんたも見てみる? みっちゃん、中学の制服、よく似合うと思わない?」
 上背のある棗の脇から叶が顔を覗かせる。
 誰に対しても天使のような笑顔を忘れない美少年は、同級生のみちるに対しては常に仏頂面で、ぶしつけな視線で頭からつま先までじろじろ眺め、大仰に嘆息して見せた。
「いいんじゃない? ぶかぶかだけど、すぐデブるだろし……いだっ!」
 叶の頭にすかさずげんこつを打ち込んで、棗が顔をしかめる。
「女の子をけなして言うような教育をうちはしてないわよ」
「……すこし大きく見えますが、似合うと思います」
「最初からそう言えばいいのよ」
 棗の教育を受けた叶は、もういい? とすかさず退室を試みる。
 盆を受け取った棗が犬を追い払うように手を振ると、ふと叶はみちるを真っ直ぐに見た。
「……な、なに?」
「あのさ……ブレザーに合わせて、中のシャツ、大き目の買ったほうがいいよ」
「……何で?」
「あー……つり合い?」
「シャツは大きいと不格好よ。制服ほどじゃないから、その都度、買い替えた方がよくない?」
「知らないよ。とにかく、忠告はしたからね」
 ぶっきらぼうに姉へ反論し、殴られた頭を擦りながら、叶が廊下へと出て行く。
 閉じられた扉を眺めながら、みちるは棗と顔を見合わせ、首を捻った。

 とんとんと階段を下りつつ、叶は制服を着た幼馴染の姿を思い出す。
 そこで深くため息を吐いた。
(みちるのやつ、発育がいいんだよなぁ……)
 華奢な体躯に合わせて買ったら、きっとすぐに胸周りがぱつぱつになって、下卑た目で見る同級生の猿が増える。
 何となくそれは嫌だよなと不快な気分を覚えながら、叶は改めて殴られた頭を手で擦った。

 ちなみに叶も兄たちのおさがりを譲られて中学に上がる。
 制服に着られている様子の叶を見て、さわやかな笑顔で「大丈夫、すぐデブるよ」とみちるに囁かれ、叶は自分の天敵に苛立ちを募らせたのだった。