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みやびなきみと


 廊下にでん、と箱が置かれていた。蜜柑箱の中には見覚えのあるガラクタが詰められてる。
「ねーちゃん、これ捨てんの?」
 俺の質問に、ねーちゃんは扉越しに言った。
「うんすぐ捨てに行くから置いておいて!」
 なるほど。年末の大掃除中か。
 ダンボールの中に詰め込まれた育毛グッズを横目に俺は階段を上った。俺ら一家はみぃんなハゲだ。いや、まだハゲじゃない。俺は。えーっと、髪が薄い。ハゲじゃない。
 っていうのもみんな黒マのせいなんだ黒マの!
「おーぃ黒マ!」
 がら、と部屋の扉を開けると、いつもの黒マの姿ない。
 その代わりに、俺の机の上の菓子皿に茄子が載ってた。
 何で茄子。
 はてなマークを浮かべながら俺は茄子に近づいた。んで、つっついた。
 茄子が動く。そして、大きく背伸びした。
「黒マかよ」
「略さないで!?」
「黒マリモ」
「というか、それも名前じゃないんだけどね……」
 黒マはどこか諦めたように肩を落とした。菓子皿の上で茄子の皮みたいに見えた髪を身体に巻きつけて、ちょこんとすわる。
 顔は俺の好みのお天気お姉さん、身体は黒い髪の毛、サイズは時々テニスボール、時々バービー人形。
 こいつは黒マ。正しくは黒マリモ。俺が名づけた。自称髪の毛の神様。ぶっちゃけ、幽霊。
 髪に執着するこいつは、毛根健康な俺の一家に取り付き、夜な夜な髪の毛を吸い取ってるらしい。おかげで身体はつるぴかだが頭の毛は花も恥らう男子高校生なのにうぉおおおおおお! 先はあえて言わない!!
「それにしてもどうしたんだ黒マその格好は?」
 いつもはほわほわな球体になって、そこからにゅっと顔とか手とかを突き出してるんだが、今日の黒マは髪の毛を布みたいにして身体に巻きつけてる。だから体積が半分ぐらいで、一見茄子みたいだ。
「さむぃのよぅ……」
 はぁ、と白い息を吐き出して黒マは言った。
「あーストーブ切ってたからなぁ」
「早くスイッチ入れて! いれて!!」
 自称神様の癖に寒いとかあるのかこいつは。皿の上でぷるぷる震える茄子……じゃなかった。黒マを一瞥して、俺は電気ストーブのスイッチを入れた。上に乗せてる薬缶の中を覗く。うん。水はまだ入ってたぞ、と。
 ストーブがだんだん赤みを帯びてくると、黒マはぴゅんっとそっちへ飛んでいって手を翳した。あーあったかい、と呻く黒マの後姿はまさしく茄子臭い。
 俺は気になって、その背中にひょい、と指つっこんでみた。後ろ蹴りが飛んできた。馬か。
「へんたい!」
「つかなにすんだ!」
「それはこっちの台詞でしょ! なに人の髪の毛の中に指つっこんでんの!」
「中どうなってんだろうって思って」
「裸よ馬鹿!」
 あ、そうなのか。そりゃ寒いな。
 ストーブの傍でぷるぷる震える黒マを眺めながら、俺は閃いた。
「黒マ」
「なによぅ」
 声にすげー警戒心が現れてる。うん。いやーセクハラはするつもりなかったんだマジ謝るそこは。
「お前、服とか着れんのか?」
「ふくぅ? わかんないわよ」
 でも俺に触れるっていうことは多分着れるんだろうな。おし! 
「ふふふふ」
「やだ君、気持ち悪いよ何変な笑み浮かべてるの?」
 うっさい! きもちわるいいうな! お前の存在の方がよほどきしょいわ!




 年始の挨拶を終えた俺は、お年玉にほくほくしながら部屋に上がった。黒マがほっかいろとダンボールと割り箸とキルト地で作った簡易ミニ炬燵(俺お手製)でぬくぬくして、俺を迎える。
「おかえりなさーぃ。なんか幸せそうな顔ねぇ」
「ふふ。大量だったからな!」
 でも今年が最後のお年玉かって思うと寂しいな! 哀しいな! お年玉だけ毎年くれないかな! 社会人になったらボーナスって形で入るか……。うん。安定した就職先見つけるために俺受験勉強まず頑張る。
「いいなぁ。私にもお年玉ほしいなー。かみのけ……」
「やらんぞ! 髪はやらん!」
 ただでさえ薄い髪がこれ以上薄くなってたまるか! もうすでにひそひそあの人ヤバイヨネーって後輩に後ろ指さされちゃったのに! うっ。思い返したら泣けてきた。
「ぷー」
「かわいくほっぺたふくらませんな」
 ぷくーと頬を膨らませた黒マはダンボール製の天板に突っ伏した。天板にののじを書くなよ。
「金はないけどお年玉はあるぞ」
「え? 髪?」
「いやだから髪じゃねぇ。それはやらねぇっつってんだろ人の話聞け」
 黒マは炬燵から抜け出してふよふよ近寄ってくると、押入れから箱を出す俺の傍に浮かんだ。
「なんのはこ?」
「ふっふっふ。見ろ! じゃじゃーん!」
 ぱか、と俺は蓋を開けた。黒マがぱちくりと瞬く。
 箱の中に入ってるのは、ねーちゃんが持ってた人形用の服だ。この間捨てるって蜜柑箱に入ってたの貰ってきた。それから洗濯してーちょっと繕ってもらってー。近所のちっちゃい子が欲しいって言ってたからあげるっていったらばあちゃんが手伝ってくれた。さわやかな顔で「犯罪に走らんといてな」って言われたのはご愛嬌。犯罪ってなにばーちゃん!
 あんまりデザインが古すぎるのは捨てたけど、普段用なら四着ぐらいあればいいだろー。服だけじゃないぞ靴とかもあるぞ。
「これくれるの?」
「おう。服着れば寒くないだろ? 俺に触れられるんだから、多分着れるだろー。あ、なぁなぁこれなんかどうだ?」
 そういって俺は着物を抓んだ。今日正月だし、丁度いいだろ。帯とか帯揚げ? とか、おびじめ、とかいうのもあるんだ。小道具もあるんだぞ。ばあちゃんがねーちゃんの為に作ったお手製な。すげー細かいな器用だな!
 黒マは箱の中から着物一式を拾い上げると、しゅるっと自分の身体を髪の毛で包んだ。髪の毛がもふっと広がって、玉の大きさがいつもより大きい。え。もしかして中で着替えてるのか?
 黒マはしばらく髪の毛の中でもそもそしていたが、ふいに髪の毛を短くすると、着物姿で現れた。
「おーぉ。可愛い! 可愛いぞ黒マ! ぴったりじゃん!」
 ぱちぱちと拍手しながら俺は黒マを褒め称えた。うーんさすが。よく似合うぞ。
「かわいい?」
「おお。かわいいかわいい!」
 黒マははにかむように笑って、ありがとう、と言った。うん。ホラーな姿じゃなくていつもそういう艶やかな格好してればいいんだよ目の保養。
「あ、どうだこれから初詣でもいくか」
 俺の提案に、黒マはビックリした顔をした。
「え」
「せっかく天気もいいし、かわいい格好してるしな。これからも仲良くできますようにって神様にお願いに行こうぜー」
 何せ喧嘩すると髪の毛とられちゃうし。こわいこわい。つるっぱげこわい。
 黒マはぽかんとして俺を見ていたが、頬を微かに上気させて、うん、と笑顔で頷いた。
「あ、でも神様私だよ」
 主張を譲らない黒マに、俺は呻く。
「お前そろそろ自分が幽霊だって認めろよ……」


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