ほしい(FAMILY PORTRAIT)


「子供がほしい」
 ぽつりと漏らされた友人の言葉に、ティアレは瞬いた。
「薬を飲むのはやめたんですか?」
「ううん。やめてない」
 問いに答えた友人は、ばたりと卓の上に突っ伏した。宰相を夫としてもつ友人は、その黒い髪を指でいじりながら嘆息する。
「でもジンって、子供嫌いっぽいんだよね」
「え? そうなんですか?」
「泣くのが駄目なんだって。確かに旅の最中は、子供によほど気に入られない限り、近づこうとしなかったし」
 昔世話になった家の子供に気に入られたときも、最初はずいぶん泣かれたものだとジンはげっそりとしながら話していた。
「あの胡散臭さに、ちっちゃい子反応しちゃうのかな?」
「シファカさん……ご自分の旦那様を胡散臭いというのはどうかと」
「いや、だって全力で胡散臭いと思ったよ。最初会ったとき」
「助けていただいたとき?」
「そう」
 通りすがりの正義の味方とかいってたよ。胡散臭いったらないよ。
 そんな風に愛情の溢れた笑顔で呟く友人は、やがてその顔を曇らせていった。
「ほしいなー」
「あの方も、たった一人ですものね」
 友人の夫には血族がいない。親戚としてただ一人、ティアレの夫がいるのみ。
「それに、子守してて思った。私、結構子供好きみたいなんだよね」
「シファカさん、小さい子に好かれますものね」
 ティアレの子供はもちろん、離宮の女官に生まれた赤子に、この友人はやけに好かれている。
「相談なさってはいかがです?」
「子供いらないっていわれるのが怖い」
「大丈夫ですよ」
 とりあえず、薬、飲むのをやめてみてはいかがです?
 提案してみると、そうする、とシファカは頷いた。本当に子供が欲しくないというのなら、宰相は自衛しているだろうと、ティアレは密かに思った。



 結局、ティアレの公算は正しかった。
 宰相夫人が懐妊したのは、それから程なくしてからだ。
 その知らせを受け取ったときの宰相のうろたえ様は、末代まで語り継ぎたいほどだったと、夫は言う。
 ティアレが出産したときの、皇帝よりもましだと、宰相は憮然としながらも、嬉しそうに彼の妻を抱き寄せたのだった。