見て見ぬふり(HOST FAMILY !!)
夏。居候の少女は、実に多忙だった。
午前は家事をあらかた済ませ、日中は棗の同級が経営する喫茶店でバイトに勤しむ。家に帰ってくれば夕飯の準備、その後、深夜までクラブのフロント業。男の自分からみても、かなりきつい。少女は泣き言を言わない。宿題が終わらないだの、金がないだの、野菜が高いだの、愚痴が多いという点においては否定しない。けれども、この状況において、もっとも嘆くべき点においては、彼女は一言も泣き言をいうことはなかった。
今日、少女の日中のバイトは休み。あちこちに綺麗に水洗いされた網戸が立てかけられている。窓ガラスは綺麗に磨かれ、その夕暮れの太陽の光が満たす縁側で、少女は猫のように背を丸めて眠りこけている。
「風邪引くぞ」
いくら夏だからといって、夕方風の吹き抜けるこの場所で、眠りこけていれば身体は冷える。呆れ交じりの嘆息をしつつ、少女を揺り起こそうとした音羽は、ふと、手を止めざるを得なかった。
涙が。
「……かぁさん」
呟きとともに。
「……と……さ」
一筋。
少女の頬を伝っていく。
なんともいえないばつの悪さに、口元を引き結ぶ。
しばらく逡巡したのち、音羽は起こさぬように少女を抱き上げた。万が一、本人が起きた場合、鉄拳を覚悟しなければならない。兄弟に見つかれば冷ややかな視線と威嚇を受ける。きわめて危険な行為な気がしたが、そのままにしておくわけにもいかないだろう。
ただ、涙のあとは見て見ぬフリして。
腕の重みと蝉時雨に、意識を、集中させた。