仏頂面(CALL MY NAME)


 まゆりが仏頂面なのも無理はなかった。一葉と槙が二人きりで親密に言葉を交わしている場面に、踏み込んでしまったのだから。朝から険悪な雰囲気を身に纏ったまゆりがようやく口を利くようになったのは、昼休みもほぼ終わりに近づいたころだった。
「あんたたち、何時の間にそんなに仲良くなったの?」
 ふてくされたまゆりの声に、私たち二人は箸の手を止めて顔を見合わせた。
 確かに自分たち二人が、まゆりの前で言葉を交わすことなどほとんどなかった。自分たちの関係は、まゆりを介して存在していた。一葉はまゆりの親友。槙は、まゆりの彼氏。そういう間柄で、それ以上もそれ以下もなく、共通の話題も何もなく。一葉の持った槙に対する第一印象は決して良くなかったし、それはどうやら槙も同じようであったことを、一葉はまゆりを通じて知っていた。
 だというのに、おかしなことだ。今は時にまゆりよりも親密に、槙に相談を持ちかけている。
「いや、まゆりがわがままだよなぁって言い合ってるうちに意気投合したんだよ」
「なによそれ!」
「ちょっと槙君」
「冗談だよ。まゆりは本当にいい子でいい子で、まゆりをたまらなく好きだって点で、意気投合しただけだっつの」
 屈託なく笑ってそういう槙に、一葉は唖然となった。彼は普段ぶっきらぼうであるのに、こういうとき何の恥じらいもなく口説き文句を言えてしまうから不思議だ。な、と同意を彼に求められ、一葉はこくこくと頷いた。ふぅん、ならいいけど、と、まゆりが顔を紅葉のように紅潮させて呻いていた。
 それからすぐに機嫌を直した様子だったが、二人きりになったあと、まゆりは滅多にすることのない頼りなげな表情を浮かべ、一葉に懇願したのだ。
「槙と一葉をとらないで」
 その言葉が何を意味するのかわからず、首を傾げかけた一葉はまゆりの張り詰めた表情に思わず息を呑んだ。普段勝気な少女が見せることのない頼りなげな女の顔。嫉妬を押し込めようとする親友の顔がそこにあった。
「私から、一葉と槙をとらないでね、一葉。私、一葉も槙も、比べらんないぐらいに好きなんだから。二人が私からいなくなったら、私、死んでしまうから。二人が私を置き去りに一緒になるっていうのだけは、私絶対耐えられないから」
 やめてね、と泣きそうな声でまゆりが懇願する。
 一葉はそんなのありえないよ、と笑って応じた。
「だって、槙君はまゆのこと大好きで、私は槙君よりも断然まゆのことがすきで。ありえないよ。そんなこと。やだなぁまゆ。もうちょっと槙君のこと、信じてあげなよ」
 そう。そんなことありえない。槙はまゆりに本当に惚れこんでいる。そして自分は、胡桃先生が好きなのだ。槙が自分に付き合っているのは、ひとえに彼があの現場に踏み込んでしまった責任感からくるものだろう。
 よかった。槙を好きにならなくて。
 槙は時折優しすぎる。同情と愛情を錯覚しそうなほどに。
 よかった。槙にはまゆりがいて。
 私なんかに好かれたら、槙が可哀想過ぎる。
「ありえないよ。まゆ」
 一葉は優しくまゆりに諭した。微笑んだはずであったのに、視界が白くかすんでいた。