チャリティバザー(さやけくこひたもう)


「こんなものでいいですか?」
 持ち込まれたダンボール。その中にみっちりと詰まった衣類を一目見て、母、妙子が感嘆の声を上げる。
「あらぁありがとう! 本当に、よくお礼を言いなさいよ、露子」
 暁人(あきひと)が持ち込んだダンボールの中身を物色していた露子は、母の言葉に慌てて立ち上がりぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。……先生」
「構わないですよ。丁度捨てるところだったから」
 暁人はダンボールを一瞥する。中身は彼が不要とした衣類の中でも傷みの少ないものだった。露子が通う高校で行われるチャリティーバザー用に、寄付してもらったのだ。
「ねぇ、暁君、晩御飯食べていくんでしょ?」
「あ、すみません。ありがたい申し出ですが、あいにく先約があって」
「あらそうなの?」
「友人と、飲み会が」
 この後あるのだ、と、彼は妙子に申し訳なさそうに目を細めた。
 傍で聞いていた露子は落胆した。暁人は露子が中学生の頃からの家庭教師だ。最初の頃は、彼も大学生でよく共に食卓についたものだが、露子が高校に上がり、暁人が就職してからというもの、機会がめっきり減ってしまった。
 それでも月に一回は、貴重な休みの日に露子の勉強を見に来てくれるのだから、ありがたいと思うべきか。副職、といってしまえばそれまでだが。
「残念ねぇ。ねぇ露子」
 同意を求めてくる母に頷き返し、露子は暁人に微笑んだ。
「楽しんできてくださいね、先生」
「ありがとう」
 見送られた暁人は、露子にそっと微笑み返した。




 ダンボールを部屋に持ち帰り、寄付された衣服を仕分ける。冬物、夏物、小さいもの。それぞれ紙袋に順番に入れていく手を、露子はふと止めた。
(あ、これ)
 露子は手に取った衣類を広げて掲げた。焦げ茶のシンプルなセーターは、去年、暁人がよく来ていたものだ。ブランド物なのか、上質の手触り。頻繁に来ていたわりには傷みが少ない。
 んーと眺めた末に、露子は思い立ってトレーナーを脱ぐと、そのセーターを頭から被った。
 あまった袖に覆われた手を口元にあて、ふふ、と笑う。
(ぶかぶか)
 男物な上に、暁人は華奢でも小柄でもないのだから当然だ。
(アキさんの、匂いがする)
くすくすと笑っていた露子は、唐突に叩かれた扉にぎょっとなってその場から飛び上がった。
「つゆこー?」
 扉越しの声は、母の声だ。
「もう晩御飯できるわよ。降りてきなさいね」
「は、はーい」
 返事に満足したのか、妙子はそのまま立ち去ったようだった。階段の軋む音を聞きながら、扉を開けられなくて本当によかったと胸を撫で下ろす。妙子は、このセーターが暁人のものだと知っているのだから。
 セーターを脱ぎ、膝の上に広げたそれに嘆息を落とす。
 少し考えた露子は、セーターをそっと箪笥の引き出しにしまった。



 後日、部屋着として露子がこっそり着ていたそのセーターは、目撃した父を泣かせたらしい。