若ハゲ(FAMILY PORTRAIT)


 遊の発言は、実に唐突だった。
「音羽ってさ、カツラじゃないの?」
「ごほっ」
 驚きから、口に含んでいたビールがおかしなところに入り込んで、思わず咳き込む。ごほごほと責め苦のような息苦しさに悶えながら、音羽は対面の席でぱちくりと目を丸めている女を睨み据えた。
「え、だ、大丈夫?」
「大丈夫くない! というかお前は何だ突然カツラって! どこをどうやったらそんな疑惑がわいて来るんだ!?」
「んーだってさぁ」
 アスパラのベーコン巻をつっつきながら、遊は言った。
「音羽って意外に気いつかいぃだと思って。禿るよ、そんなんじゃ、って言おうとしたら。うんもう禿てるのかなって」
「お前の思考パターンには時々ついていけなくなる」
「だって最近、お風呂場の排水溝に、ものすごい勢いで髪の毛溜まってるよ」
 今日も掃除したとき、排水溝の網に髪が黒々とぐろを巻いていた、と述べる女を、音羽は呆然と見やった。
「……それ、お前の髪じゃないのか?」
 確かに昨日の夜は疲れていて、掃除を後回しにしていたが。基本は日々使い終わったら洗っている。
「しつれーな」
 遊は口先を尖らせた。
「お風呂使ったら私はちゃんと自分の髪ぐらい処理してるよ。っていうか、今週私泊まりにきてないじゃない」
 遊は今週月曜から木曜日まで、仕事で中国に行っていたのだった。
「とりあえず、カツラじゃない。はげてもない」
「後で頭もんであげようか? マッサージするだけでも違うらしいよ」
 女の提案を、音羽は自分でも驚くほど神妙に断った。



 後々、兄に「うちの家系ハゲいないよ」といわれて、安堵した自分にちょっと泣けた。