舞台裏(告解)


「あぁああぁああいいなぁああああぁあ」
 書類仕事を片しに久方ぶりに帰ってきたと思えば、我らが皇帝で将軍な男は机に突っ伏し唸っていた。
「あぁああぁああうらやましいな楽しそうだうらやましい」
「……何をうらやましがってるんですか、このひと」
 裁可待ちだった追加の書類を抱えて執務室に戻ったセイは、ぬるい眼差しを将軍に送りつつ、彼の傍らに立つ男に尋ねた。セイに代わって将軍の仕事の監督をしていた彼は、あぁ、と、裁可済みの書類を点検しながら答える。
「西大陸で複数の国が集まって会議をするらしくてな。それの支援の依頼が来てる」
「はー、複数の国で会議? 世界大会みたいなことをするんですか?」
「そんなところだ。が、メイゼンブルが滅びてからこっち、初めての試みだろう? 面白そうで様子を見に行きたいらしい」
「なるほど。しかしこれだけ騒いでいるのにしゃしゃりでないのは珍しい」
「アルヴィナが参加する。ほら、いま彼女、国に仕えているから。その関係で」
「ああぁああ、くっそいいなぁアルヴィーいいなぁ」
 セイは得心して将軍を見た。アルヴィナが参加するなら、将軍が顔を出すことは不可能だ。不老不死者は一定の条件下を除き、同一の場所にいることを避けている。もしも将軍か顔を突っ込めば、それは怖いアルヴィナから制裁があるだろう。
「あぁああぁ……しっかたないなぁ、いいよ俺はラクセルの内紛の様子でも見てくるよ」
「いらっとしたからといって国を滅ぼすなよ。ただでさえフレスコ地方はいまあまりよくないんだ」
「お前の故郷をそんな簡単にひっかきまわしたりしないって。ひでぇな、リルド」
「そう言いながらフィリッポスの王を暗殺したのはどこのどいつだ!?」
「昔の話をひっぱりだすなよ」
「将軍、フィリッポスはそんなに昔じゃありません。たった二十年前です」
 セイが指摘すると、あれ、そんな最近だったか、と、将軍は呻いた。
「しっかたねぇなぁ。俺の代わりにお前が西に行って来いよ、リルド」
 リルドが疲れた顔で、あぁ? と応じた。
「俺が? 行くのか?」
「貸出し要請のあった器具、普通は手続き面倒だけど、お前が頭に行けばつーつーで終わるだろ。それでどんな騒動があったか教えろよ」
 先方は深刻な事情で集まるのだろうに、うきうきと、命じる将軍にリルドはげんなりした顔だ。
 セイはリルドに尋ねた。
「何を要請されているんですか?」
「消音の招力石が百、傍聴用の魔道器具が一、書記の魔道器具が一。他にも色々」
「魔道器具? 呪具や魔術具じゃなく?」
「そういうことできるのあるかって問い合わせだけだったんだけどさー。リルドが行くなら貸してやるよ。大盤振る舞いだろ?」
 ししし、と笑う将軍に、セイはリルドと顔を見合わせてため息を吐く。
「俺、倉庫行ってくる。監視は頼んだ」
「了解です。ほら、将軍。さっさと署名してってください。仕事終わらないんで」
「あー、いいなー、アルヴィーいいなー」
 じたたたた、と、足をばたつかせる男の背を、セイは力いっぱい蹴りつけた。
 とりあえずリルドが西大陸から戻るまで、将軍を縛っておかねば。
 退屈に飽きた彼がうっかり小国を潰さぬように。