残業回避(さやけくこひたもう/白錫と黒曜)


 世間がクリスマスを謳歌する三連休に仕事が入る。
 室長からの報告に妹尾は無言。天宮はあーという呻きを上げ、柳井は冗談じゃない、と憤った。
 暁人は、暗澹とした気分でため息をついていた。スケジューリングが押しているという報告は受けていた。しかしクリスマス休暇に差し掛かることだけは何としても回避しなければならない。日本のお祭り騒ぎとは異なる、重要な一大イベントなのだから。
 あちらでは本社から派遣されている現地管理者が、地元人からのブーイングは避けられないにしても、ストライキに持ち込ませないようにするにはどうすればいいかと頭を悩ませていた。
 とりあえずイブに盛り上がる日本とは違って、あちらでは聖夜当日が本番だ。その日は現地スタッフを全員、家族の元へ返さなければならない。
 ということでスケジュールの遅れを少しでも取り戻すために、現地側も、本社スタッフも、同プロジェクトに関わる他企業の担当者も、師走に入ってからというもの働きづめで、誰もが半死半生だった。かろうじて死守している日曜の休みは、皆、泥のように眠っているらしい。暁人も露子がいなければ多分、食事もとらず寝て過ごしていただろう。
 その大詰めの三連休も、言わずもがな。二十五日は午前中のチェックだけで上手くいけば帰宅できるが――定かではない。

 木曜の定時上がりは、室長の取り計らいによって実現した、戦い前の息抜き、のようなものだった。

「それをぶち壊してくれるような報告をどうもありがとうございます」
『僕かて好きでいうとるんちゃいますよ……』
 携帯から漏れる疲れた男の声は、このプロジェクトに噛んでいる他企業の担当者のものだった。定時一時間前。彼は暁人のこれからの予定を吹き飛ばしてしまいそうな暗い報告を持ち込んできた。
『えぇじゃないですか成川君は日本やないですか。俺なんて明日っから現地出張やし。皆がクリスマス休暇入ったあとの事後処理係。泣いてしまいますわ』
「明日の何時の便ですか?」
『早朝四時には家でな間に合わん』
「それってやばくないですか?」
『やばい。実はまだ荷造りしてない』
 毎日日付が変わってからタクシーで帰宅するような有様で、帰ってからは寝るばかりだったのだという。この出張のせいで、彼――黒葛(つづら)は、恋人とクリスマス、年末共に過ごす機会を逃しただけでなく、彼女の都合もあって、丸一か月ほど会えないらしい。合掌である。
『……とりあえず無駄口たたいとらんでやりましょか……』
「さっきの件、処理し終えたら連絡します。目安は三十分です」
『こっちも頑張ります。あぁ、色々引っ掻き回してくれるだけの上司はどっかいってくれんかなー』
「今日の予定がぶち壊しになったら呪おうと思いますよ割と本気で」
『僕はもう五寸釘を打ちに行きたい気分ですわ』

 その後、処理は定時を三十分ほど過ぎて終了した。
 人間、死ぬ気でやれば色々できるのだな、と暁人はしみじみ思いながら、支度を手早く整えて、タクシーに飛び乗ったのだった。