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3.

街角で、柳に会った。
んでもって、あいつが中学生でもなんでもない、正真正銘十七歳だということが発覚し。
そしてあいつがもはや学生ではないことも明かされた。
そこまではいい。
いいんやけど。

「なんで俺こんなことしとるねん……」
 野菜が大量に詰め込まれたくそ重たいダンボールを抱えながら、俺は天を仰ぎ見た。視界の端々に山の天辺が見えとる。空は青かった。なんか、空しさを煽るぐらいに青かった。
 あほーと鴉が一匹視界を横切る。このダンボールがなければ、おそらく石でも投げていた。
「おーい。何しとんねん。さっさとこっちに来いよ」
 柳の声に俺ははっと我に返り、しぶしぶ彼女の後に従った。柳が運んどるのは俺のよりも一回りちっさいダンボール。そん中には、菓子がはいっとるらしい。
「すみませんねぇ。お疲れ様です」
 とかぬかして柔和に笑っとるのは、神父や。神父。全身くろーい、胸に銀色の十字架下げとる神父。
 なんで神父とかいうたらあかん。だってこの場所、教会なんやからな。教会には、神父いるもんやろ。
 いやむしろなんで俺がこんな場所にいるんかということが謎なんやけど。
 教会と柳が断言する建物は、とても教会にはみえへんもんやった。ちょっとばっかし広い、ごく普通の農家の家つう感じや。広い庭には、ブランコやらシーソーやらがならんどる。花壇と菜園が生垣の傍に作られていて、へたくそな文字で“にんじん”、“とまと”、“きゅうり”と書かれとった。
 民家の横にはちっさい道場。そしてそこからわらわら飛び出してくる。
ガキ。
「柳ねーちゃんどうやってん?ええのもらえたー?」
「あはははばっちりやでー。見てみい今日はご馳走なんやから!」
「わーわーねぇこっちお菓子とちゃうんー」
「すげー、あ、ねぇ俺これもらってもえぇ?」
「順番やって順番!裏に運ぶんやからあんたらちょっとどきー。先生んとこいってあんたらも運ぶん手伝いないな」
 小学校に上がる前(やろな)のガキが七、八人飛び出してきおって、砂糖に群がる蟻よろしく柳を取り巻いた。柳の叱咤によってそいつらはしぶしぶさっきの神父んとこへと走っていく。そのうち何人かが俺の姿を認めて、足を止めた。
「……にーちゃんだれー?」
「わーすげーすげーおもろい髪形しとるでこのにーちゃん」
「髪の毛ぴかぴかつるつるー」
「ちょ、どけ……お、くあーもー柳!こいつらどうにかせぇ!」
 よけても蹴散らしてもわらわらとまた近寄ってくるガキ共。しまいには遊んでくれているのだと勘違いして足に引っ付いてくる始末や。腕はダンボールによって塞がれとるし、足にひっついてくるガキ共のせいで前にすすめへん。
 ダンボールをどっかに置いてきたらしい柳がひょっこり裏口から顔をだして、大爆笑しながら声をあげた。
「ほらあんたらさっさと先生んとこ行けいうたやろー?この兄ちゃんはなー。わざわざ手伝ってくれとんの。ありがとー言わなあかへんのに何してんの。いうこと聞かへん子にはお菓子あげへんからなー」
「ぎゃーなんやそれー」
「いそげー」
「せんせー何手伝えばええー?」
 蜘蛛の子を散らすようにガキ共は散会する。最後にぬいぐるみもったガキが一人、ぺこりと頭を下げて笑った。
「ごめんねー兄ちゃん。ありがとー」
「……えーっと」
「ごめんね流。あの子達には悪気はないんよー」
「……いやまぁ、それは、判るけどやな」
 俺は走り去っていくガキの手元でゆらゆら揺れるぬいぐるみを見つめながら、呟いた。柳も、あいつらも、なんかどっかおかしいんとちゃう?恐怖心ゆうもんがないんか。
 ガキどもを目を細めて見つめていた俺の腕をぽんぽんと叩いて、柳が笑った。
「とりあえずそれこっち運び。重たいやろ?」

 外見も民家なら、中身も民家。散らかった台所と、乗ってきた軽トラックを何度かダンボールをもって往復した後、俺は畳みの居間に通された。
 やけに縁がはげていて、色がくすんでいる畳。そこらへんにぬいぐるみやら算数の教科書やら壊れたおもちゃやらがころがっとる。
 台所にしばらく消えとった柳は、盆に湯のみを載せて現れるなり、そのぬいぐるみを蹴飛ばした。
「あーもうあの子ら片付けぇいうたのに……」
 どうやら、通り道を作るためらしい。柳の後ろに続いて現れた神父が、苦笑していた。
「また後でさせましょう。せめてお客さんの部屋ぐらいは」
 柳はなかなか丁寧な手つきで緑茶を淹れた。こん、と目の前に湯のみが出される。続いて神父の前。んでもって最後は自分の分を淹れて、柳は居住まいを正した。
 神父がどうぞ、と俺に茶を飲むように促す。
「おつかれさまです。たいしたものが出せなくてすみません」
「……あ、あぁいや……ええよ別に」
 淹れたての茶は、身体を温めた。ストーブも何もないこの部屋は、しんと冷えている。
「寒くないですか?ひざ掛けいります?」
「……もらうわ」
 神父も柳も薄っぺらい布団のようなものを引っ張り出してきて、膝にかけていた。一枚貸し出されて、俺もこいつらに倣って膝にかける。それだけ、大分寒さが和らいだ。
 てか。
 びんぼーさがにじみでとる……。
「あ、流今びんぼーとか思うたやろ」
「……は?」
「ずーぼーしーやー」
 白い歯をみせて、しし、と柳は笑う。へんな女。そんな風に子供っぽく笑う十七の女を、俺はしらへん。
 俺がしっとる女は二種類。黒髪黒目の、野暮ったい印象のつまらん女か、化粧が濃い派手な女。
 柳はそのどちらにも当てはまらへん。というより、俺がしっとる普通の“一般人”からすらかけ離れとった。
 ちょっと、ほかからずれとる。どうずれとるのかは、上手く説明できへんけど。
「みすぼらしくて、驚かれたでしょうが、いやはや情けないことに、家計は火の車でして」
 神父のおっさんが頭をかきながら苦笑いを浮かべる。俺はため息をついて、天井を見上げた。
「……ここは、なんなん?」
「孤児院です。教会経営の」
「親に捨てられたりとかいろいろして行き場の*のおなった子供たちの、家なんよ」
 柳が茶をすすりながら神父のおっさんの言葉を引き継ぐ。
「あたしはここのシスター。そういうと聴こええぇけど、*おさんどんさんやね。子供たちのご飯こさえたり、洗濯したり、掃除したり、そんなん」
「ねーちゃーん!」
 柳の声をさえぎって、ガキの声が響き渡った。続いて、泣き声。柳は険しく眉を寄せると、一言断って部屋から出て行った。
 こんなおっさんと二人、取り残されたってなにしたらええんかわからへん。俺は口を閉ざしたまま、茶をすすることしか出来へんかった。時計の針が時を刻んでいく音がやけに不気味に聞こえて、居心地が悪い。
「お礼を言わせてください」
 突然、神父のおっさんが頭を下げた。
「……は?」
「先日、あの子を助けてくださったそうで……」
「あ、あの子って、柳のことか?」
「他に誰かおりますか?」
 おっさんの顔は大マジやった。俺は困惑した。礼なんて、いわれるようなこと、俺はホンマなんもしとらへん。
「勘違いせんといてぇな。柳が何いうたんかしらへんけど、俺別にあいつ助けたりなんてしとらへん」
「いいえ。貴方がなさったことは、柳をきちんと救っているのです。それに今日も手伝ってくださって、ありがとうございます」
 ……はっきりいえば。
 俺は慣れとらへん。礼、言われるというその行為にや。今まで何をしたって俺のせいやったし、ちょっとばかし何かしてやったって、俺の顔みて逃げていく奴らばかりや。
 やのに。
「へんなやっちゃなぁあんたら。……俺見てこわぁないんか?」
 おっさんは一瞬瞠目した。それはなんか俺が実に変なことを質問したとでもいうような、困惑の表情やった。
「少し変わった格好をしていらっしゃいますが、別に怖くはありませんよ?」
「……へんなの」
 釈然としない俺に、おっさんは少し微笑んだ。
「……本当に、今日は助かりました。いつもは届けてくださるのですけれどね。今日は都合が悪いとかで、こちらからとりに行かなくてはならなくて。手伝わせるといっても主な子たちは学校ですしね。困っていたのですよ」
「……寄付とかで賄っとんか?ここ」
「そうですね。半分は寄付、あとは、子供たちが作ったものなどをバザーで売ったり……ホテルなどの私の稼ぎで」
「ホテル?」
「結婚式で、神父が立会いをしますでしょう。最近西洋式が増えてきましたしね。ありがたいことに、そちらでお仕事をさせていただいております」
 確かに、最近テレビで教会なんかで挙式しとる芸能人ようけ見かけるな。このおっさん、いわゆる出張神父とかいうやつか。
「柳もよろこんでいます。あの子は、同年代の友達がいない子ですから」
「と、友達?」
「これからも仲良くしてあげてください」
 ちょちょちょちょちょっとまて。
 何かおかしな方向へ進んどらへんか?なんで俺とあいつが友達で、んでもってこれからも付き合っていかなあかんねん。
「な、仲良くって、あのなぁ」
「……柳にもあまり無理をさせられないので。自由時間をあげても手伝ってくれてばかりで。どうかあの子に年相応の楽しみ方というのを、教えてあげて欲しいのですよ」
 俺は。
 きつく眉を寄せて唇を引き結んだ。なんか、おかしくないか。このおっさん、いうとること間違うとる。
「……おっさん。そういうことはもっと他の奴に頼むこととちゃうんか。俺なんかに頼んでええこととちゃうって」
 俺みたいなヤンキーに頼んでええこととちゃうやろ。友達になれ、に始まり、年相応の楽しみ方やて?俺のほうがそんなん教えて欲しいわ。俺がしっとるのは酒と煙草、博打に喧嘩、バイク、そして、ギターだけや。
「ごめんなー。突然抜けて」
 柳が突然ひょっこりと帰ってきた。額に汗をにじませているところをみると、どうやらガキ共と何かやらかしたらしい。
「何話ししとったん先生?」
「しばらくこの孤児院を手伝ってくれないかと頼んでいたのですよ」
 ………は?!
「へーええねぇそれ。丁度人手たりんかったしー」
 オイコラ………。
「ちょっと待ていや。何勝手に話をすすめ」
「ええやんかどうせあんた暇なんやろヤンキー。あんたのほうこそ学校いってへんやんか」
「……いい加減にしとけよお前」
 いくら俺でも堪忍袋の尾がきれるわ。俺は憤然と立ち上がって、畳を踏み抜かんばかりの勢いで神父のおっさんの横を通り過ぎた。
 裏口へ真っ直ぐ向かい、靴を履いて外にでる。柳があわただしく縁側を走って、俺の後をおってきよった。
「ちょ、ちょっとまって流!」
 またへん。俺がなんでまったらなあかんねん。俺は無視して、早足で真っ直ぐ外へ向かった。バイク、町においてきてもうたから、バスに乗ってかえらなあかへん。あーくそ。いらん出費させおって。
「おねが……」
 消え入りそうな声を最後に、背後が静まりかえる。
俺は沈黙に後ろ髪を引かれて、そろりと振り返った。子供らの笑い声が、遠く聞こえる、誰も居ない中庭に、ぽつんと柳が一人、うずくまっとる。
「……柳?」
 柳は蹲ったままで、肩が震えとった。慌てて、引き返す俺もホンマ阿呆やと思う。
「……お、おい。柳。どないしてんや?具合わるい……」
 がし、と柳の手が俺の服の裾をつかむ。不意を突かれた俺は驚きにひっくり返った。尻餅をついた状態の俺に、柳が不敵な笑みを浮かべる。
「つーかーまーえーたー!」
「おっまえなー!」
 柳は俺に抱きついてくると、重石の如く全体重をかけて俺の動きを封じよった。勢いよく立ち上がって出口へ向かうも、柳はぴったりくっついて離れへん。つか、重い!
「はーなさんかお前!ふんじまるぞ!」
「いやや!手伝いするいえ暇人!こんな丁度いい手伝い発見したんやもん。逃がさへん!」
「なんやそれ!お前かなりむちゃくちゃなこというとるのん判っとるんか?!」
「あー、ねーちゃんなにやっとんのー?」
 げ。
 運悪いことに、家からまたあのガキどもが姿を現し始めた。柳のしていることを見て、駆け寄ってくる。
「このにーちゃん捕まえて!捕まえた子にはうまい棒一本追加してあげるわ!」
「俺!俺つかまえるー!」
「どうやって捕まえんのー?」
「のしかかれー」
「ぎゃー!!!!!」
 髪を引っ張られ、首を絞められ、身体の上にのしかかられ、もみくちゃにされ。
 結局俺はその日、首を縦に振るまで放してもらえず、さらには翌日首の鞭打ちで悩む羽目になった。

*のおなった=無くなった/ *おさんどん=下女、賄い役



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