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こたえ


 海辺の町に一人の女の子がいました。
 その子にはお父さんがおりませんでした。
 いえ、お父さんはいたのかもしれません。
 毎日違う男の人が、女の子の家にやってきました。
 その男の人たちが、お父さんとして、時々女の子の面倒をみました。
 女の子が大きくなってくると、今度は、母親が“お父さん”たちの家へいくようになりました。
 小さなお部屋に、女の子は一人ぼっちでした。
 女の子は、毎日『お母さん』の為に、ご飯を作って、帰りを待ちました。
 けれど、『お母さん』は帰ってきませんでした。
 『お母さん』が帰ってこないので、女の子は沢山の大人に助けられて育ちました。
 そのせいか、口はとても達者でしたが、子供らしさというものが抜け落ちてしまいました。
 女の子は、聞き分けのよい子供でした。その代り、泣くことも、子供らしくはしゃいで笑うこともできなくなっていました。
 たまに帰ってきた『お母さん』も、女の子のそんな様子をみると、嫌なものを見たような顔をして、そそくさと家から出ていくのでした。
 ある日、『お母さん』がいいました。一緒に、お出かけしましょう。
 女の子は電車に乗って、おかあさんとお出かけしました。初めての遠出でした。
 女の子はどきどきしながら、それでも幸せでした。『お母さん』をこんな風に独占できる日が、いままであったかしら――。
 大きな河の流れている遠くの県までやってきました。『お母さん』はパン屋さんによって、女の子に美味しいサンドイッチを買って、待っているようにいいました。
 『お母さん』が出てきました。そして女の子に言いました。
 「あんたは今日からここに住むのよ。元気でやりなさい」
 そうして、女の子は、『お母さん』に捨てられてしまいました。


 大きな河の流れる町に、一人の男の子がいました。
 男の子は誰もが認めるほどとても綺麗な顔立ちをしていました。男の子だけではありません。男の子の兄弟も、皆とても綺麗な顔をしていました。
 とても、綺麗過ぎる顔でした。
 男の子がまだ赤ん坊の頃に、家に女の子がやってきました。家族を亡くしてしまった女の子でした。女の子は男の子の、本当のお母さんのように、甲斐甲斐しく世話をしました。男の子は女の子にとても懐きました。
 本当の、お母さんだと思っていました。
 男の子の兄弟は、皆綺麗過ぎる顔のせいでとても嫌な思いをして、人とお付合いするということがとても苦手になっていました。それは家族に対しても同じで、皆男の子に対して、無関心といっていいほどでした。ですから男の子は、なおさら面倒をみてくれる『お母さん』のことが、とてもとても大好きだったのでした。
 けれど女の子はある日突然、家を出てしまいます。どこへ行くの? 男の子が泣いて尋ねても、『お母さん』は答えません。
 ただ、ごめんねといって、『お母さん』は男の子の手を離して、家を出て行ってしまいました。
 そうして、男の子は、『お母さん』に捨てられてしまいました。


 女の子と男の子は、学校で出会いました。
 女の子は思いました。どうしてこの子はこんな不幸そうな顔をしているのだろう。たとえ『お母さん』に捨てられたとしても、血の繋がった、きちんとした家族が、まだあんなにいるじゃないか。

 男の子は思いました。どうしてこの子はこんな不幸そうな顔をしているのだろう。たとえ『お母さん』に捨てられたとしても、彼女のことを家族以上に心配してくれる人たちが、まだあんなにいるじゃないか。


 ――私の家族は仮初めの家族。お母さんともお父さんとも呼ぶことの出来ない人を、私は愛しているけれど、それでも本気の家族にはなりきれない。

 ――僕の家族はおままごとの家族。血のつながりは確かにあるのに、彼らの視線はいつだって、育ての親が違うという、異質なものをみるものをみる形で僕に突き刺さる。


『そこにある寂しさを、こいつに理解なぞできるものか』


 同じ傷を負いながら、互いの手の内に残されたものは、ひどく自分が渇望しているものに似ていると、女の子も男の子も思っていました。


 同時に、女の子は思いました。
 あぁ、この男だけが。

 同時に、男の子も思いました。
 あぁ、この女だけが。


 この置き去りにされるという痛みと、置き去りにされるかもしれないという恐怖を、理解してくれるのだと。
 血のつながった親でさえ、子供を安易に置き去りにする。
 労力惜しまず育てた子供さえ、自らの為には置き去りにする。
 自分の為なら、人は簡単に他者を切り捨てる。
 その怖さを、互いだけが、理解している。
 知っている。


 女の子は男の子の痛みを理解することはできましたが、男の子の手の中に残された家族が、羨ましくてしかたがありませんでした。だから男の子を見ていると酷くイライラしました。男の子が天使みたいに綺麗に笑いながら、とってもとっても腹黒いのだと、知ってしまったことも余計に腹が立ちました。女の子は男の子ほど、器用ではありませんでした。うまく笑うことができませんでした。

 男の子は女の子の痛みを理解することはできましたが、女の子が手に入れた新しい家族が、羨ましくてしかたがありませんでした。だから女の子を見ていると酷くイライラしました。女の子があんなにも恵まれない境遇にいながらも、自分のように捻じ曲がることもなく、真っ直ぐに生きていることにも苛立ちました。男の子は女の子ほど、勁くはありませんでした。正直に、生きることができませんでした。


 同じ傷を持つもの同士。
 同じ痛みを知るもの同士。
 この苛立ちも理解しろと、ぶつかりあう日々が、始まったのでした。


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