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なぜ


 ねぇ店長。こんなこと、アタシが尋ねるべきことじゃないのかもしれない。
 でも教えて欲しいんだ。アタシはあいつらのダチだから。
 教えておいてほしいんだ。なんであんなむちゃくちゃな形で分かり合おうとするのか。
 そう、むちゃくちゃな形だよ。
 初めてみたとき、あいつらは派手な喧嘩をやらかしていた。アタシが止めにはいったよ。忘れもしない、高校一年の春だった。
 学校の屋上で、プロレスでもやってるのかと思ったよ。コンクリートの上を二人つかみかかって転がりあって、殴りはしていなかったけれど、叩くわ噛み付くわ馬乗りになるわ。
 一体どこのどいつが高校生にもなって、男女で取っ組み合いなんてするんだよ。
 何かを喚いて、一方が泣いたらもう一方が慰めてる。泣くまで追い詰めたのは、慰めたほうにもかかわらず。
 喚いている内容だって、耳を傾ければ酷いもんだ。お前のあそこが悪い。ここが最悪だ。思いつくかぎりの相手の短所を並べ立てて。ふつうソコまで言わないだろうって、思うところまで。
 毎日毎日、くだらない痴話喧嘩を、馬鹿みたいに繰り返す。お互いに思いやりのかけらもない言い方だから、途中で大喧嘩に発展したりもする。ねぇ店長。あいつらは、なんでそんなことを続けているんだろう。
 考えたんだ。これでも懸命に考えたんだ。あいつらが喧嘩を繰り返す理由。限界まで、自分っていうものをぶつけていく理由。
 ふつう人間は、友人にも恋人にも、おそらく旦那や奥さんにだって、あんなふうにむき出しの自分をぶつけたりしないんだ。相手に切り捨てられることが怖くて、そんなんやってらんないと思う。
 なのにあいつらはそれを繰り返す。
 アタシはようやくわかったよ。
 相手が、決して自分を見捨てないという確証を得るために、あいつらはあぁやって喧嘩を繰り返すんだってこと。
 決して相手が自分を置き去りにしないって、確証を得るために。
 どんなにぞんざいに相手を扱っても、相手が自分の下から離れないっていう確証を得るために。
 自分の全てをかけて、あいつらは互いにぶつかり合う。
 そして、二人は関係を確かめてるんだ。
 相手が世界で唯一の理解者だって。
 自分以上の理解者はいない。だから、相手は自分を置き去りにしない。
 そんな方程式を、あんなむちゃくちゃな形で証明しようとしている。
 なのに、それら全てを無意識でやってるもんだからややこしいんだよな。さっさと閑念して自分たちでこういうことを理解してくれりゃいいんだよ。さっさと自覚して欲しいんだよ。自分らで考えて欲しいんだよ。なんで毎日毎日痴話喧嘩を続けてるのかっていう理由をさ。でないと、アタシ一人がはらはらしてて、なんつかね。疲れるもんだから。
 理由は判った。あいつらが喧嘩する理由は。
 でもアタシはどうしてもひっかかるんだ。
 あいつら二人とも、強迫観念みたいに、置き去りにされることを恐れてる。
 そもそもなんであいつら、あんな風な捩れた愛情表現しかできないのか。
 ねぇ店長。アタシは知っておくべきだと思ったんだ。
 約束するよ、あの二人にも、他の誰にも言ったりなんてしないって。
 教えてよ、あの二人の話。
 あの二人が、あんなむちゃくちゃな形で。
 『置き去りにされない』という確信を得ようとしているのは。
 何故?


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