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8 女王候補

 次期女王として集う娘たちの中で、マリアージュはひとり、つまらなさそうだった。
 そんな彼女の様子を、アリシュエルは玉座に着く輝かしい自分を夢見て色めき立つ娘たちの中からこっそり見た。
 王城敷設の礼拝堂には女王候補とその近しい親族――たとえば、両親が集められている。
 だというのに。
(マリアージュはひとりぼっちだわ)
 身廊に並ぶ長椅子に座すマリアージュに伴はいない。祭司が説く王候補としての心構えも、耳に入っていないようで、明らかな上の空だ。
 アリシュエル自身も、ひとのことを言えはしないのだけれども。つまらなさそうな幼なじみのことばかりが気にかかる。
 マリアージュはお友だちではない。アリシュエルは友だちになりたくても、マリアージュはきっとそう思わない。同じ年で、お互いに王都に小さなころから住んでいて、顔を合わせて話したことはなんどもあるけれど、親しくなることを、周囲の、特にアリシュエル側の大人たちが許さなかった。
(それならきっと、幼なじみという呼び方なら、許されるわ)
 たとえそこまで親しくなくとも、幼少のみぎりからの馴染みではある。たぶん。
 その彼女が自分と同じ女王候補に選ばれた。アリシュエルは純粋に嬉しいと思っていた。女王候補同士の集まりも増えるから、もっと自由に話す機会を持てるはず。
 祭司の長い長いお話が終わり、女王候補同士の情報交換を、と、茶会の時間が持たれた。おめでとうおめでとう。あなたも選ばれたのね。お互いに頑張りましょうね。そんな挨拶を交わすアリシュエルたちを、マリアージュが一笑する。
「何がめでたいの」
 それはマリアージュの独り言で、きっとアリシュエルだけが捉えた囁き。
「たくさん流行り病で死んだから、こんなことになっているんじゃない」
 挨拶をするべくマリアージュへ歩み寄り掛けたアリシュエルは言葉を失って立ちすくんだ。
(かのじょの、いうとおり)
 王女、女王。大勢の人々が亡くなった。まだ喪に服す知人も多い。アリシュエルのお友だちも、まぼろばの地へ旅立って、たしかにいっときは悲しんだ。でも、いまはもう、思い出すことすら稀だった。
 あぁ、なんて薄情な、わたし。
 マリアージュは人の生き死にを、ちゃんと心に止めるのに。
「ミズウィーリ嬢」
 伝令係と思しき少年が、マリアージュと距離を詰め、何事かをささやく。わかったわ、とぞんざいに答えた彼女は面を上げた。視線の先、茶会の会場となっている広間の入り口にはひとりの青年が立っていた。
(ヒース・リヴォート)
 ミズウィーリ家の当主に代わって家政を取り仕切る白皙の美貌を持つ、極めて優秀と囁かれる男。
 マリアージュと男の視線が合う。誰もが頬を染める美貌の男に、マリアージュは気だるげで面倒そうな顔だった。対する男の眼は凪いでいた。
 ふたりは主従と呼ぶにはあまりにちぐはぐで、冷ややかだった。
「先に失礼するわ。ごきげんよう」
 マリアージュがおざなりに挨拶し、だれの返事も待つことなく広間を出る。
 廊下で待つヒースの腕を彼女は借りずひとりで遠くへ歩いていく。
 正直に述べれば、マリアージュの振舞いは無礼だ。態度が悪いと憤慨する者もいた。伴すらなく歩く姿は孤独に見える。
 けれど他人の死をなかったことにせず、他人の視線も、しがらみも、絡みつくあらゆる糸を断ち切るようにひとり歩く女王候補のことが。
 アリシュエルにはとても眩しく思えたのだった。