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63 好き嫌い

「えっ」
 ダイはぎょっとして固まった。
「……どうしました?」
 反応を訝しんで、ヒースが眉をひそめる。ダイは視線を泳がせた後、気まずさいっぱいになりながら問いかけた。
「えーっと……もしかして、今まで無理して食べてました?」
「え?」
「あまいもの……」
 ダイは量こそ取らないものの、甘い菓子類があれば幸せになれる。美味しい糖菓子を褒美にといわれれば、何が何でも頑張れる。ほんのひとつまみで数刻働き通せる。
 ので、疲れがちなヒースにもついつい甘いものを勧めたりもする。というか、彼の執務机の引き出しに菓子の詰まった陶器がしまわれていることを知っていたので、彼もてっきり甘いものを好んでいるのかと思っていた。
 が、それはどうやら勘違いであったらしい。
 甘いものが苦手、とヒースが躊躇いがちに口にしたのも、厨房方が焼きすぎた菓子を持って、ダイが休憩中の彼のもとに押し掛けたからだ。大した量ではないのに渋面になった青年を問い詰めると、彼はしぶしぶながら白状したのである。
 常に仕事に追われている感のある青年は、ダイの発言の意味を理解したらしい。
 あぁ、と頷き、苦笑を浮かべた。
「そんなことはありませんよ。貴方だって、そんなたくさんを勧めてくるわけではないでしょう?」
「でも苦手なら悪かったな……と思いまして」
「そんなことはないですよ。確かに最初は勧められるまで、自分から手を付けたいと思ったことはなかったんですが、最近は気分転換に摘まむぐらいするようになりましたしね」
「そうなんですか?」
「えぇ」
 ヒースは微笑んだ。
「貴方の言う通り、疲れがとれる気がしますからね」
 本当だろうかと勘繰るものの、ヒースが嘘を吐いているようには見えない。
 何より彼の言は、執務机の一角を占める菓子入れの存在を理由づけるものだった。
 ただ、気になることがひとつ。
「苦手っていう割には、菓子入れの中のものって結構甘めのお菓子ばかりですよね」
「……そんなことないですよ」
「そうですか?」
「貴方には比較的甘いものを渡しているから、そう思うだけではないですか?」
「なるほど」
 わかりました、とダイは頷き、持ち込んだ焼き菓子を数等分して、小さな一切れを皿に載せた。
「これぐらいなら食べられます?」
「えぇ。丁度いいです。ありがとうございます」
 こうして、わずかな休憩時間は過ぎていく。





「あ、旦那。これ頼まれていたやつです」
「あぁどうも」
「定期的に買っていただけるのは嬉しいですが、それ旦那がいつもひとりで食べるんですか?」
「いえ別に。私はほとんど食べませんね」
「……贈呈用ですか?」
「そんなところです」