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25 こどもたち

 そこは恐ろしく清潔で、緑に溢れ、そして子供たちの笑い声が響いていた。
 子供たちだけの、笑い声が。
「学園は一般棟と特殊棟に分かれてる。俺達の生活区域は特殊棟の方。河とフェンスと赤外線レーザーの向こう側が一般」
 青灰色の瞳には、彼が案内する学園の景色が映っている。広葉樹多い茂る山林に囲まれた盆地一帯に点在する四階立ての建築物。白塗りの壁には雨だれの跡すら見られない。嵌る窓ガラスには澄み渡る青空の陰影がくっきりと刻まれている。その鮮やかさたるや、実は規則正しく並ぶそれらが空の映像をエンドレスに流す光化学ディスプレイなのではないかと錯覚してしまうほどだった。
「特殊棟は特に広いから、案内すんのは最低限の場所だけな。あとはまー適当に散策してくれよ」
『いいのか?』
 雷覇の問いに、少年はあっさりと頷いた。
「俺の獣だって登録したし。上は獣のサンプル欲しがってるから時々協力してもらうけど、それ以外は自由だよ。あ、ちなみに雷覇以外の獣も結構いるから」
『……そうなのか?』
「虎の素体は多分雷覇ぐらいだけどさー。猫科の素体は他にも三体ぐらい。俺の獣じゃないからあんましらないけど、紹介してほしけりゃ契約者に話つけるよ。俺の獣はもう一匹狼がいる」
『の、割には傍にいないが』
「だから、自由にしてもらってていいっつってるじゃん。まぁ乙は俺の相方についててもらってるんだ」
『おつ……? 相方?』
「乙は俺のもう一匹の獣。相方は俺の血の契約者。今から紹介するよ」
 少年は芝生の上に設えられた飛び石の上をひょいひょいと渡っていく。地下のかびたコンクリートとは異なる感触に閉口しながら、雷覇は彼の後を追った。
『主人(あるじ)』
「ん?」
『外は、皆、こうなのか?』
 このように、緑溢れているのか。
 雷覇の脳には、世界は荒野で占められているとインプットされていた。
 立て続けに起こった天変地異と政変の後、西暦というものに幕を引いたものは抹消戦争と呼ばれる世界大戦だった。乱発された核と導入された生物兵器が世界を灰色に塗り替え、その後、生物兵器の名残とも呼ばれる<亡骸の雪>が惑星全土に吹き荒れた。戦時中、成層圏に建設された空中要塞が墜落した後、世界はかつて手に入れた科学技術と、太古の昔から連綿と続いていた生命の息吹の大半を失ったはずだった。
 そしてそれは、地上から時折訪れる寡黙な客人たちが娼婦たちとの閨の中で落とす睦言によって、正しいと保証されていたはずだというのに。
 ここにはかつて、人が栄華を誇っていた時代の遺物が当たり前のように存在している。
「ここは特別だって」
 少年は肩をすくめる。
「一山超えれば何もないよ。世界のどこを探しても、ここまで緑に溢れた場所はない」
『やけに実感を込めて断言するのだな』
「そりゃそうだ。忙しく世界中を廻る身だかんな。俺」
 少年は建物の一つに入った。細い廊下には扉が並ぶ。壁に掛かるプラスチックプレートには番号が振られていた。
(教室……。あぁ、だから)
 学園、か。
 地下の柱と繋がっていた研究施設で登録と検査を済ませた雷覇を引き取りに来た少年は、たった一言、これから共に学園で暮らしてもらうと告げただけだった。そうして連れてこられた場所がここなのだ。
『ここはどういった場所なのだ?』
 廊下の先を歩いていた少年が、ぴたりと足を止めて振り返る。
「獣を閉じ込めておくための、檻」
 少年は自嘲らしき笑みを浮かべた。
「って思ってると気ぃ楽」
 そして彼は、ここだと横にあった扉をふいに開けた。
 そこは、教室だった。
 机と椅子が列を成して置かれている。正面にはホワイトボード。そして教壇。
 そこに、複数の少年少女が屯している。
 彼らは扉の開閉音を合図に一斉に振り向き、笑顔で雷覇たちを出迎えた。
「あ、おかえんなさーい」
 暢気な声だった。
「あぁ、それが新しい?」
「そう。浮浪都市の」
「へぇ、綺麗な虎」
 少年たちの好奇の眼に晒されながら、雷覇は髭を揺らす。
 不思議だった。
 ここは学園だという。
 だからこそ、子供たちで溢れている。
 けれど教師がいない。
 先達として道を示すべき、大人が誰一人。
「さて、歓迎するぜ、雷覇」
 少年は振り返って両腕を広げる。
「今更だけど改めて自己紹介するよ。俺は青月。そしてここは学園」
 そして砂漠に浮かぶ冴えた月の色に似た瞳を細めて嗤った。
 U-15に限られる、世界政府暗殺者、コードCHILDRENの養成機関。
 そこに繋がれる生物兵器(かこのいぶつ)が、自分たちなのだと。