耐性(女王の化粧師)


 女の姿をすると決めたはよいが、仕立て上がった衣装を着ると、やはり落ち着かなかった。
 感想はひとつ。
 母がいる。
 記憶の中の母の姿は年々薄れている。とみにミズウィーリに移ってから。怒涛の日々が彼女の存在をダイの中から押し流した。
 けれども鏡の中に移る少女は、母だった。いつまでも少女のようだった母。父を恋しがっていつも泣いていた。
 淫靡で淫蕩で。けれども不思議と清らかだった女。
 その面影があった。
 険しい表情と鋭い目だけが、母のものとは異なっていた。



 女官たちに手を引かれて試着室を出ると、護衛で世話になっている騎士や文官たちが集っていた。
 なぜか神妙な顔で沈黙してしまった一同に、ダイに衣装を着つけた女官が誇らしげ言う。
「ダイです! みなさん、ちゃんと耐性を付けるように!」
「耐性……?」
 ダイが訝しげに首をかしげると、耐性よ! と、女官は繰り返した。何の耐性だ。
 しかし皆、そろいもそろって、たいせい、なるほど、たいせい、と頷いている。だから何の。
「おかしいですかね?」
「そんなことないって!」
 衣装を見下ろして自問したダイに、ランディが力強い否定を寄越した。
「ほら、団長も何か言う」
 ランディに小突かれて、棒立ちしていたアッセが、あぁ、と我に返ったように頷く。
 彼はダイを上から下まで眺めて言った。
「……み、見慣れないな……」
「ですよね。わかります」
 ダイはアッセに同意する。
「ティンカ。問題ないなら脱いでいいですか? 化粧を落とさないと。次、会議なんですよ」
「あっ、あっ、待って! まだ確認してないから待って!」
「えぇー、まだしてなかったんですか?」
「ごめんなさい!」
 焦るティンカと共に試着室に戻る。
 扉が閉まる寸前、背後から、あぁあぁあ、と、叫びが聞こえた。