力技(裏切りの帝国)


「どうしたもんか」
「どうしましょうかねぇ」
 イルバとエイが深刻そうに顔を突き合わせて唸っている。外政、内政と、管轄の異なる二人が一つの問題に関して悩むことは、なくはないが多いともいえない。しかも場所は宮城の本殿にある彼らの書斎でもなければ、執務棟の執務室でもない。奥の離宮である。
「どうすべきか」
「どうにかならんもんかねぇ」
 エイとイルバの横で同じように首を捻ったり腕を組んだりして、彼らと同じことを呟いているのはラルトとジン。権力者四人が、悩みを執務室ではなく離宮で議論しているには訳がある。女達の、知恵を借りるためだと、彼らは言った。
「つまり……左官と右官の方々の仲の悪さを、どうにかするいい方法って、ことなのですね?」
 右僕射と左僕射が持ち込み、宰相と皇帝を唸らせた問題を、ティアレは確認する。男達は大きく頷いた。思わず傍らのシファカとヒノトに視線を投げる。彼女らもまた、夫や恋人を真剣に悩ませている問題について、お手上げ状態だった。
 右僕射の席が温まって以降、エイを長とする内政を取り扱う文官を、左官、イルバを長とする外政を扱う文官を、右官、と呼んでいる。内政と外政は時に相反することがある上、出自の比率として、右官は貴族が、左官は市井の知識階層が大半を占めている。業務が全く異なることもあって相互理解に欠け、同じ宮廷に勤める文官ながら、元々仲はさほどよくはない。しかしそれがここ最近顕著になり、つい先日数人の負傷者を出す騒ぎにまで発展してしまったのだ。これは由々しき問題である。
 しかもその騒ぎは、左僕射右僕射の副官達に原因があるというのだから、始末に終えない。
 長同士は、しょっちゅう互いの屋敷に遊びに行っては、酒を酌み交わしたり将棋を打ったりして仲が良いのに、と、ティアレはエイとイルバを見つめながら思った。
「さすがに今回ばかりはウルに謹慎を言い渡しましたが、困ったものです」
「まぁお前んとこだけじゃねぇ。すぐに挑発に乗るうちのアホキリコがガキなんだ。あー自分の教育不足がなさけねぇ」
「あの二人、何であんなに仲が悪いのかなぁ」
 シファカが腕を組みながら首を捻る。全くだ、と、皆は一様に同意を示した。
 左官、右官の険悪さに、拍車をかけているのが、エイの副官であるウルと、イルバの副官であるキリコである。二人ともどんな人間に対しても人当たりはよいほうだというのに、互いに関しては毛嫌いしているのだ。
 というよりも、拒絶反応を起こしている。
 会えば絶対零度の笑顔を浮かべて厭味の応酬。それが加熱してくると声を荒げての喧嘩に発展する。最終的には取っ組み合いになりかねない勢いなのだ。それを見た他の文官たちも、ウルとキリコに触発されてか、双方に嫌悪感を隠さなくなっていった。
 その結果、今回の騒ぎである。
「それにしても、よく毎回あれだけぽんぽん厭味が飛び出すもの、と、私は関心してしまいますけれどもね」
 茶を皆に運びながらそう口上するのはシノ。彼女から茶を受け取りながら、全くな、と、呆れた口調でヒノトが呻いた。
「というか、いうておることは毎回同じじゃ。子供でもせぬ、程度の低い喧嘩じゃよ。そんな喧嘩なら、結婚でもしてどっかよそでやれいっちゅうに」
 周囲を巻き込むな。彼らの口論を夫婦喧嘩に例えてヒノトは苦言を漏らす。彼女はその発言に、大きな意味を持たせていたわけではないだろう。しかし反応を示したのは、皇帝と宰相だった。
『それだ!』
 びしり、とヒノトを指差し声を揃えた皇帝と宰相は、満面の笑顔を浮かべて提案した。
「あの二人を結婚させてしまおう。あの二人が発端なら、あの二人を纏めれば周囲も落ち着くだろう」
「じゃね。丁度いいよねエイも後ろ盾できるしね。ミラーの親父さんのところに俺ちょっと話つけてくる」
「ちょちょちょちょ」
「ままま、まってくださいよ!!!」
 夫たちのとっぴさに、ティアレはシファカと唖然となった。凍りつく離宮の茶室で、激しく狼狽してみせたのは無論、イルバとエイである。
「本気ですか陛下!?」
「あぁ。本気だけど。失敗したら失敗したでいいだろう。強要するつもりはないさ」
「つかそんな軽さで動くな! もっと案を練って動けよ!」
「いや、もちろん上手くいくように案練ってからミラーんとこにいくよ?」
『そうじゃなくて!』
 あぁ、と頭を抱えるエイとイルバをよそに、ラルトとジンは算段をつけている。助けてくれ、と視線で訴えてくる副官達の上司に、ティアレはどう言葉をかけたらいいのかわからず苦笑することしかできなかった。
「……すまぬエイ、余計なことをいうた」
 ラルトとジンがすたこらと退室してしまってから、ヒノトが謝罪する。エイは首を横に振るが、その顔に精気はない。
「……キリコのやつ、荒れるぞ」
「ウルのすっごく嫌そうな顔が目に浮かびますよ」
「てか、この話本決まりになったら、俺達から、いうんだよな?」
「い、今から頭が痛くなってきました……」
 唸る左僕射と右僕射に、ティアレは皆と顔を合わせて同情した。

 後に本格的に話が副官達に持ちかけられたとき、彼らは確かに拒絶反応を示した。しかし結果的に彼らは夫婦となる。彼らが何を思い、どんな意思の元でその決断を下したのか。それは誰にもわからない。ただ、彼らの口論を実に低次元な夫婦喧嘩と見做した左官、右官の両側は、冷静さを取り戻して、その仲も、徐々に修復されることとなる。
 それみたことかと得意げな夫に、ティアレは呆れたのだが、彼の考えはどんなに馬鹿らしくても綺麗にまとまってしまうところが実に不思議だった。

 変わらず喧嘩を続ける副官たちの間に、ぽんぽん立て続けに子供が生まれたとき、左僕射と右僕射は複雑そうな表情を隠せないでいたという。
 今日も宮城は平和である。