禁じられた願い(女王の化粧師)


 王城へと向かう馬車の中、向かい合う青年から読める感情は何一つとしてなかった。この日のために、青年は骨を折ってきた。この日のために、彼は嫌われ役も演じてきた。他の使用人たちと同じように、高揚する何かがあってもいいはずなのに、馬車の中を満たす空気はただ冷えていた。
 ねぇ、と声をかけると、青年はその蒼の目に自分を映した。はい、従順な返事が響く。躊躇の後、問いかける。あんた、あのこ、どうするの? 青年が問い返す。どう、とは?
 話し合うの? 仲直りするの? 青年は、まるで言葉のわからぬ稚児のように、つたなく、反芻する。はなしあい、なかなおり。その鈍い反応に苛立ちを覚える。
 馬車内の空気が一層冷える。鉛のように重い沈黙が、足元に凝る。
 ややおいて、青年は言った――それは、もとめては、いけないものだ。
 話し合いも、仲直りも。笑いあって、名を呼び合って、肩を並べて、歩く、あの、日々、すべて――求めては、いけないものだ。
 自嘲に嗤う青年は、とても泣きそうな顔をしていた。彼女は目を伏せた。ごとごとごと。味気ないはずの振動が、まるで沈黙を埋める優しい音楽のようだ。
 いいわよ、と彼女は胸中で呟く。これで、本当に選出されたなら、青年に何か礼をしてやらなくてはならぬだろう。ならばあの娘との仲を、とりもつ、それぐらいはしてやっても。いいわよ。
 あんたたちの代わりに、私がそれを求める。あんたたちの失われた日々を、私が求める。だって、わたしは。
 ――それを、求めてはならないだなんて、露ほども思って、いないんだもの。だから私が取り戻して、礼がわりに、差し出してあげるわ。
 きっと。