髪(永久楽園のこどもたち)


 ばっさりと、髪が切られていた。
 腰まで届いていた、少し茶色がかった柔らかい髪。さわるとふわふわしていて、いつも太陽の匂いがしていた。その髪が、ばっさりと。ちいさな顔の輪郭にそって。
 短い髪は似合わないわけではない。むしろ活発な彼女の印象によく合っている。緑濃い夏の桜の樹の下、彼女は日陰に太陽を持ち込んだような輝きを放って、仁王立ちしている。切りそろえられた髪の毛先は陽の光に透けて糖蜜の色彩を帯びていた。
「どうして切ったんだ?」
「うっとおしかったから」
 唇を尖らせて、彼女は言った。僕は眉を寄せた。彼女は確か、願掛けをしていたはずだ。
 その願いの内容は、僕も知っている。
 そしてその願いはまだ叶えられていないはずなのに。
「おじさんたちはまだ帰ってこない」
「でもえーりがいるじゃん」
 彼女は肩をすくめると、麦わら帽子を深く被り直した。彼女の母さんが彼女に買い与えた麦わら帽子。それを飾っていた、目の覚めるような、夏の青空と同じ色をしたひらひらのリボンは、いつのまにかむしり取られていた。
 かわいらしかった青の麦藁帽子。今はただの麦藁帽子。
 そうやって彼女は一つ一つ、少女らしさを演出するものを、一つ一つ周囲から消して行く。
 彼女はまるで、少年になろうとしているみたいだ。服装も、男の子みたいだった。
「母さんたちのこと、もういいんだ。こんなことしなくても、きちんとお手紙だってくれるし、時々帰ってきているし、僕は捨てられた子供じゃない」
 彼女は僕の目の前に立った。僕の光。彼女がいるから、僕はこの灰色の中で生きていける。彼女だけが、僕にとっての極彩色。
「うっとおしいんだ。クラスの男子、いっつもひっぱってくる」
 聞き覚えのある言葉だ。夏休みが始まって、彼女はそう僕に不満を漏らした。少しずつ丸みの出てきた身体。少女への階段を、彼女は昇りはじめている。その彼女は誰の目も惹きつけてやまない。
 くったくなく笑う彼女の輝きに、惹かれない輩がいないはずがない。
 彼女は前髪の先をつまんで、笑った。
「男の子みたいだろ?」
「光は女の子だよ」
「だけど皆は男の子みたいっていうんだ」
「そんな格好したって、光は女の子だ」
 彼女の言いたいことが判らない。僕は拳を握りしめて主張した。けれど彼女は反論するわけでもなく、ただにっこりと笑ったのだった。



 その髪を切った意味が分かったのは、もうすこし後の夏の日。
 木造建築特有のひんやりした空気の中、月明かりに彼女はその白い首筋を傾げて、相変わらずの少年の口調で言った。
「英里だけが僕のことを女としてみてくれれば、それでよかったんだよ」