横顔(女王の化粧師)



自分がどのように化粧を施されているのか見てみたい。
ある日ふとそう思って、マリアージュはティティアンナを化粧するよう、ダイに命じた。その様子を観察するからと。
顔を貸さねばならなくなったティティアンナは当惑した。その程度の反応は予想の範囲だ。
意外な反応を見せたのはヒースだった。
「わたしも同席させていただいてもよろしいですか?」
「……なんで?」
「なんとなくです」
 何事にも淡白な男が、そのように興味を示すなどと。
 ダイは彼が引き抜いてきた化粧師だ。その仕事ぶりが気になるのかとも思った。
「かまわなくてよ」
「ありがとうございます」
 マリアージュの許可に、男は小さく笑った。それはいつもの生け好かぬ薄笑いでも冷笑でもない、どこか雪解けのような柔らかさを持つ笑みで、マリアージュが驚きに思わず瞬いたときにはすでに消え去っていた。



 ダイがマリアージュに道具ひとつひとつを説明しながら化粧を進めていく。あんなふうに顔を触られているのか、と思うと不思議な気持ちだった。ダイの少年には似つかわしくない繊細な白い指が羽毛を撫でるように滑るその傍から肌は艶を増して輝いていく。あたかも魔術のようだ。
 マリアージュはふと傍らに控えるヒースを見上げた。じっとダイの仕事ぶりを見守る彼は、ほんの少し、眩しそうに目を細め、口元を緩めていた。
 そのとき突然理解した。
 あぁ、この男は。
 わたしのためにこの子をひきぬいたのではないのだわ。
 いや、もちろん、マリアージュを女王にするという目的のために――ひいていうなら癇癪の緩衝材として芸術家を付けたのだろう。
 けれどその数多い候補者の中でダイを引き抜いたのは。
「ヒース、あんた、ダイの化粧が好きなのね」
 ヒースは瞠目してマリアージュを見た。彼は困惑めいた表情を浮かべ、逡巡を見せたあと、えぇ、と静かに肯定した。
「うつくしいでしょう?」
 誇る様にささやいたあと、彼は皮肉を付けたすことも忘れなかった。
「貴女にその美しさが何分の一かも加われば色々ましになるかと思いまして」
 腹が立ったが怒鳴ることは控えた。
 ヒースはじっとダイの化粧する姿を観察している。
 ひとつの芸術が生み出される瞬間を見守っている。
 その横顔が不思議なほどに穏やかで、マリアージュは初めて、この男にもかわいらしいところがあるのでは、と、そんなことを思ったのだった。