だるまおとし(裏切りの帝国)


「うーあー」
 彼女は布で作られた色鮮やかな槌を熱心に振り回していた。
 彼女が熱心に叩いているものは、槌と同じ布製の人形だ。底に重しが入っていて、倒れてもすぐに起き上がる人形が、最近の彼女のお気に入りだった。
「ご機嫌じゃのう」
 彼女の傍に女が腰を下ろす。ヒノト、と呼ばれている女だった。その女は彼女の母親の友人だ。手先が器用で、ころんでも起き上がる、という願いを込めてこのずんぐりとした形の人形を彼女に作ってくれた女だった。ずいぶんと久しぶりに見た。
「あっうーきゃっ」
 ぶんぶんと槌を上下に振ると、女が嬉しそうに目を細める。
「うん。妾も久しぶりに会えてうれしいよ」
「ヒノトが作ってくださったそれがお気に入りなのですよ」
 母がヒノトの隣に腰を下ろす。
「倒れるたびに鈴の音がするのがいいのでしょうね」
「木製のはまだ早いかなぁ」
 別の女の声がする。
 母とヒノトの間からひょい、ともうひとり女が顔を出す。
 母に代わってよく彼女の面倒を見てくれる女だ。
「シファカさん」
「シノさんが出してくれたんだ」
 シファカと呼ばれる女が小ぶりの箱を畳の上に置く。母が彼女を抱き上げて箱の中を見せた。そこには彼女お気に入りの布人形そっくりなものが詰まっている。ただすこしばかり――背丈が高い。
 シファカは人形を箱から取り出して床に据え、小ぶりの木槌で人形の胴の部分をこつんと叩いた。
 胴の部分が抜け落ちて、頭がすとんと落ちる。
「ははぁ、おもしろいのぅ」
「この子は落としても起き上がらないから、転ばないように真っ直ぐ落とさなきゃいけないんだって。今年も物事に転びませんようにって願をかけて」
「独特の遊びがいろいろあって面白いですね」
「あーうあー」
 シファカの持っている木槌に手を伸ばす。母たちは笑いさざめきながら小さな槌を持たせてくれた。
 畳みにぺたりと座って、見よう見まねで、こつ、こつ、と人形の胴を叩く。人形の背丈がどんどん短くなっていく。
「あーあー!」
「あっ、上手だね!」
「驚いた……賢いの」
「ティアレ様」
 居室にまた女が現れた。黒髪をひっつめた壮年の女もまた彼女の面倒をよく見てくれるひとりだ。
「シファカ様も。支度が整いました」
「ありがとうシノ」
 母が彼女を抱き上げる。まだ、遊びたいのに。抗議に振ろうとした槌は、ヒノトに取り上げられた。代わりに布製の槌を持たされる。人形も。
「部屋を移動しましょうね。お父さまがお待ちですから」
 何故、こっちに交換するのだ。あの木製のものがいいのに。彼女は人形を投げて抗議した。
「うーあーう!」
「あぁ、すまんすまん」
「ごめんね。危ないからさ。あー、あー、ごめんね」
「うーぎー!」
「ああぁあ」
「ごめんなさいね。ヒノト、そちらの」
「うん? 持たせるのか? 大丈夫か?」
「えぇ。この様子だと木槌でも投げないと思います」
 ヒノトが今度はきちんと木槌を持たせてくれて彼女は満足した。
「あぁ、機嫌が直ったね」
「よかった……」
 母が彼女の頭に頬を寄せて笑う。女たちが笑いさざめく。
「さぁ、お父様たちの前で、もう一度してみてくださいね。きっと褒めてくださいますよ」
 不屈の未来を祈りながら。